短歌連作,「小人国」

ちりばめてうしほさしぐむ馬の身ゆかれて紫木蓮の襞燃ゆる

睡蓮華まつはりつかせ花市に競られゆく群一塊の根わかれ

絶唱のまだしき舌蘭蘭科展の監視員の背に秘めやかに

絶縁をいはば遠退く家督係争の仔ら扁桃の木に揃ひ

有耶無耶の死青年はこころみに夏熟るる茱萸脇腹へ寄せ

秋薔薇火事の窓居へ犇きて眼科医院の受付窓口

ツァラトゥストラ選ばざる若者保険局へと入りぬ 誓約

孤島にて 流刑地断片へとつづく長き階段に燈る部屋

横縞の水夫のつなぎ 小人国へ帰る貿易商に芥子欲し

或る時代幾つか噛みし時計機構に同じ速度をもて進むひと

  
陪審員不在の部屋に息子喘ぎ争へる岳父の腕もつれ

列島へ聖家族来信仰ふかき悲しみに暮れ 基督

闘病記に酒石酸精製法あやまちて化学式なる雪花図の弁

ユダヤ教徒との対話篤き愛あふる使徒伝によみがへり

希望の星の御許誕生日を祝ふ父忽然と消ぬ、罰 

宿命と思ふ永遠に桟橋へ咲き乱れたる緑藻のみどり

「クロード・モネとその生涯」展へ辺境の日本人の数多

足の甲揃へてひとり青年立つその斜交ひの歩行者天国

エリエリレマサバクタニ呟きても覗き見し母の刺繍絹の蜘蛛の巣

いまローマ 煉獄巡るはわれ地獄巡るもわれそもダンテ は

  
辺獄に目あふ目に死後ムーシェ貶めるミケランジェロ・ブエナロティノ画伯

市議の部屋にダリア、薔薇、菊腐りつつ新市庁舎の設計図案

昇降室天井に電球磔けられて乗客数十人からひとりに

壁紙の菱十字へと目を吸はる市長夫人の耳朶がひらひら

聖母像うらがはに丹の蝶番軋みひらく扉・地下壕

月光の部屋・清掃人日雇求給与委細面談有 を過ぎ

葡萄酒の樽箍と釘まみれ転がし汗噴く人夫、シャツを脱げ

日脚延ぶ「アンダルシアの歴史」映画の長き攻防の折節 

楢山節考突如予告のままをはり椅子ゆつぎつぎさり一日
 
欠席裁判つづく屋根裏の父抗鬱剤にはればれ過ぐ 廿日


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