実生譚

 
をのが諸手汚して馘る薔薇科櫻の実生「America」

穢れきたる戦時へ愛勅を発布せるまで君てふわれあり

このわかものみづからを神と並べ耶蘇の徴を鼻に哂ふ未時

脇腹の無疵磔刑図瞥す青年の向ふ脛のかすりきず

辣腕を揮ひて侮蔑嘲笑すぬかるみはまりゆく勝つ余人

屈従がほほゑみ充つる展覧会木馬館を廻り鞍へきさま

驕れ不屈の騎手撓ふ競走場の第一ゲートへ散る罌粟壁花

勝ち軍ならざる時をもちあがる火星移住衛星計画

好況ののちいはず半導体余剰在庫の工廠に火夫

敵地攻撃かならずは昨日育つ薔薇苗の背丈越ゆ 禍禍と

 
 
韻律へだて重低音バリトン胸へ籠もる聯祷の遅蝉

真鍮の銃丸を見む青年の両目へ貫通銃創の孔

ひしがるる愛慾の四肢レスラーはをりかさぬ鬱血の菖蒲花

神を討ち喪へる神舌に宿らば二十重累累たる扇ひらきぬ

未來の過去今は來つ一丁を兵囲めりガザ戦前病院

鬱積に澄める琴線パウロ殺しの仔一オクターヴごとに苛め

兄殺め父殺めたる青年の名をイエスてふ罪ふかきこと

朦朦と月立ち射す病院の窓へ諸手ひろげて現実を 飛びき

想像の限界を定む時キィルケゴールに比翼は在らず

不時着の地点は渋谷交差通り 戦争未だ昨日燃ゆる雹

 
 
屈辱と思へ栂若葉うちはらひきたるメリヤスの袖に雄花

巡査夜行列車に閉づる妻引戸ゆきかへる二等客 われ

薔薇窓の深き微睡み眸閉ぢて磔刑像うなだるへ醒め在れ

敵に近寄るべしプルートゥス暗殺ののち戦死 偽ダリア

鳩尾に瀕死なす緋のダリア議事堂の白亜宮そめながら 見しか

謀叛の皇帝へと到る羅馬の街路‐網 網打てる漁夫

聖・暗殺人 聖霊の繭蝶蛾の箱へ卵の鉛丹色を列べり

その時漁師二人あらむに 伽藍水中へ投ず水球の球

遭遇永遠の縁と思ふ水上を歩ぶイエス溺るる奇蹟に

神在らばきさまあるまじ血紅の嘴ひらく鳩の百の眼

 
 
舊約へ憎しみ兆す兵士らの脛先まで天使へ犯されて

一匹の黒天使這ふ牀上の錫の杯血たたへ濁り

青薔薇降誕祭にはぐくみて埃及の疫病死者数七百万

赤十字・赤新月の箱車サイレンの灯を燈し止る 災禍

聖路加の辞めくる書見机に灯火 一ルクスの距離光

発展す死の國を冥府てふ鏡散る雄蕊の先より枯れむ

事故死の青年ラヂヲに紛るこゑざらざらと死の後を囁き

日の眞晝じりじり炙られて青年洗礼水槽へ濡ちぬ

蘇生医療術 心臓冷凍箱に収めり死と死の肉体繋ぐはかなめ

フランケン・シュタイン博士に蛭子あれ畸形分娩恐怖の畢りに

 
 
こゑ聞こえなからしむ折節になにゆゑに呼ぶ舊約のきみ

絶滅収容所壁へだつ影ふたつあらたしき国民に在らず われ

鏖殺の神の召命呼ばふものすなはち汝と夕暮と雨

独裁の諸諸の精神みづからは哲学の牢獄ゆ出でたり

双‐唯神論序す精神科医師こころの問題を抱へず

全能の機械学習言語より称讃さる その全能とは誰か

まこと牢獄と思ふひかりなき地下一階記しき「Licht」

燔祭の羊、人称殺しの手を清む菫色なす戦争の泡

指標は高騰急落繰りかへし一基一憂す、噴水庭園

犠牲、過去をぬぐひ畢りき庖丁茴香の香につつめきみナチス

 
 


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