幼児退行現象

朝餐の卵ほろぶるここち黄の百合の蘂まみれに袖は

父母の見ざりし神われわれを識るに鐘楼の舌すれちがふ午

死に到るわかものひくく驕りあり桟橋に断ち切らる半身

浅黄にこそ遠きナチズムの夏汗の馬ひきながらかへるな軍曹

いきのびざりし菊花賞の脚の腱はぜり 致死量の愛

蹄葉炎腐りはじめ脚切の刑ありき逸る自転車の蹬

安楽死健やかに静脈麻酔に眠れいつくしみのみどりご

冷ややかに見避く距離と距離へだてなかれよイエスと聖母

祝祭日憐みたまへ一斤の麺麭ついばめる一匹のザムザ

日曜の幽霊として闌に棺接ぐ えらばれしめられざりしもの

  
神の手をみうしなひたる幸ひに満ちて牧羊場の目薬の木

残虐の兄いもうとの嫁ぎゆく今宵ふるまへダチュラの鉢に

肛門快感期経つ母憎しみはじむ児の箱庭に飼はる環口類の歯 

菊科植物青くひらける蘂央の天道虫に目を吸はる背に目 

眼科医、足下にレントゲン写真のなかなる硝子体みづみづし

復讐のゆゑならなくに切開す水晶体 玻璃戸入る皹   

絶縁つひぞ旱の若者の背焼きをりて皮剥げる水浴場

日常に死ししづかなる悼みに捧ぐアルジャーノン経過観察、その後

美談へと花束を 脳外科医の白衣おほふセーター縦横縞の格子

忘るればきさらぎの火事腕抱く黒き掌ひるがへる朴の葉

  
列聖へくはへられざるをとこ交はらずアレクサンドリアの浴室

ギュムナシオンの青年赤麦のごと脛揃へ日に熟るる走路

陸上選手の漆黒の腿蹠に膚色の花濡ちて走れニゲル

霊歌吹く喇叭の臓腑黒人と生れうすむらさきの肺葉

主にも奴婢にも垂らすことなき項へと詰襟の襟のさくらばな

日本売却され空き家に旧りゆく雛人形の内裏雛へたちばな

昧爽の菊花流水図ながれはなびらのとどまらずいづれは

遂に神へと屈す羽交ひじめのレスラーは鞴の胸板さらし 

群衆に神あらずして椅子畳ぬ円形競鳩場の颯をとめ 

憎しみこそはわが櫓 反抗期の少年敗るまで全能たらむ

  

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