短歌連作五十首,「聖トマス『蛇』」


  
口に噛む剣切先咽喉許を越ゆ舌をもてひと操れる神とは

回る智天使を失楽の園の西へ置くその炎の舌

平和より剣を齎すために地に満ちてよろずびと狼の闘争

存在と資源を巡る論考に怖るる死膨らめり麺麭ほど

プロテストには櫓を市民には国家を燈台へふたりの柩工死して

革命のたび築かれし物見櫓に燃え落ちて聖母画の手なる麦

帝政樹立までのながながしテオドシウスの壁囲ふ主教座

漁夫牧夫共に厭はし兄弟の木箱に壜詰の歯朶がそよそよ

皇統譜父のみしるし旧陛下幼少より離乳期へ到るに

神にも仔にも躓かざりし資本家の機械主義に回転す旋盤

  
基督・皇帝の死をなべて太陽暦二千年経つ陰る光暈

耶蘇復活後釘打たる柘植の棺開くなきがらへ山鳩

第四ローマ帝国にはあらざれど合衆国五十州制に日本 なく 

テューダーの薔薇青からず議事堂の火事霞み時計塔

ロンドンに代議士の部屋目下へと襤褸の靴ひきずり労働夫

日雇人夫糧をのぞむさへ為らず 女王陛下の羊食む草

黒死病の下水道流れゆく鼠溺れり、新聞紙のきれはし

復興なしくづしに壁立てる I Want YOU for U.S. Army

寒寒し議会可決に動員をされ世界平和に死するもの 兵

ナチズムの底流に民族の血統反りかへる薔薇の百ほどきざし

  
臨床医は劣性遺伝の豆の木をことごとくこなぐすりに眠らしむ

むかしの蝙蝠いまかかぐる給油所の青年の背より日章

帝政のきのふかすれて緋の雪の牡丹図に花ひとつ枯れたり

人間の平等あらじ貧・富さげすみあへり家畜人

国家こそ櫓の果にいま諸手脇腹まで刺さる落日 

皇帝の柩土螻蛄まみれ伽藍とはあらずに睡れる馬

愛国はた雪汚れゆくひとびとへ角砂糖へたかる蟻一列

葛藤の蔓の葎こもれる熾の蝮の舌より告ぐる買國奴 とは

市場へと或は株価急落のベルなりひびき月曜日の酵母

復活祭画に黴の耶蘇みづからの棺出づ ひとらこぞりて

  
渤海をとらしめよたがこゑの響かふ皇帝の消ぬ本営に

うちただれマルコポーロの橋燃えて濃霧たつ朝まだきの睡蓮

戦争の黒きなみだをながし逆睫毛の子と子に眠る罌粟

兵帽に頭のくだかれて累卵しづむ熱風に揺る硝子体・膜

侵略に蟻の行列ながながと巣穴ゆつづく蜜と乳・墓地

小皇帝況してや雪花図説の秋霜へをのづからかさねつも 肩へ雪

平均律クラヴィーア憐れみのふかき壁一面に吹奏朝火事

鬱金香ひらける金管の臓腑かかふるアムステルダムに苗市

好況の果ててあふるる失業の労働党へ傾れて国民   

平等に安楽椅子に死すれどもナチスの白薔薇の慈善医

  
皇帝ルドルフ、あどるふ サラダの皿に食す萵苣菜を愛しみ

ローマの夢の円形競技場の建ち逆光の聖火台の競争手

ヒトラー・ユーゲントの少年少女健よかなれ優生学の稔り

モダニズム建築の白亜の壁聳ゆ西ベルリンはローマへと通ず

教皇庁分離ののちをコンスタンティノーブルへと樒の花

第三次世界大戦ここにある国国のいづれより藪入

愛国、自己愛ともに変容し桜餡麺麭ならぶ群衆  

民族の統一離散すすみゆくブリタニカ辞典など孫引きに

監獄とも思ふすみやかに殖ゆ良貨・黄楊の花いまいづこ

キャピタリストの死・帝国主義の死聯綿と蛇の鱗なす壁の街

  


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