鵺・「蒼いマリア」へ

 
生ききはらむとせしはいつ布袋葵黒くちぢれり、希臘人の髪

蜜蝋滴らす文へ血文字扼し督子けがれしらずにも領を指しぬ

眞菰闇へだてて河骨しらじらし一度とて屍荷はざる馬

死霊、あるいは襯衣浸しき塩素酸へ泛ぶ十指の生づめ

仏炎苞のごと襟立てる青年裏見するは硬き靴、蹄鐡

白き薔薇苗の末ささくれて割く死の床にいきわかれのおとうと

法蓮華百草百花曼荼羅図に背むきて聖靈の鐡の髪

青銅の門くぐり遭はむ修道の諸諸の顏きはめて醜し

白豹の毛皮の駁こそを愛す ダンテ・ミルトン・ゲーテ 気球にて

機械洗礼まづ言葉ありき自然史に厳密の歯車に丸時計
 
 
 
密集す楯、甲虫に胸板とそびらありき脆き剥身に

渦中へと投ず炎の蠍二尾闘ひてをれ毒苺食す いづれ 

暗渠へ柵からまり朽木葉泛ぶ鳩のずぶぬれの羽根 かへらず

百の蛇の目ミシン縫進みつつ工場ゆ漏る女工哀歌は

奴隷商黒き駱駝をつれだちて黄薔薇の藪へ刎ねり、人は

銑鐡炉精錬の赤光おのづより暗き瞳孔に吸はれゆきき

労働者寝台に頭揃へひしめきぬ目刺の鈍赤き目をもて

婦人長 修道寺院より南へ一面に青百合の根埋め ゑみぬ

市長一室にかつてはためきき日の丸の赤黒きはよどめ

一億総玉砕 洩れ聞こゆおそろしき淡雪の英靈碑ある
  
  
  
彼奴が死を考へるとき鬱血のいろさがる実柘榴ずたずた

黒き扇ひらく婦人囁きぬもつともたくましき士官決むるため

士官学校校舎まへへ光芒へと立つ漆黒の鶴鳥の剥製

極楽鳥花眞靑に呼ばふこは煉獄白壁の影こそ著しく

鶴鳥の百頸差しのぶるへと田園交響楽くだりき音階

鐃鈸うち倒るる玩具将校へ召されり、ビルケナウの薔薇の双児

革命旗振りたてながらも少年は銃を 導かる民衆

ヴィクトール・ユゴー忌 油菜の油に浸しき蝦一尾

アクロポリス。宮殿建築家の緋の套にさしがねは輝きて

泥濘へ頬白き兵沈みをり。戦争国家への祈りにも 鵺
  
  
  
鵺の剥製埃被りある夜をわれら眠りぬ吊蚊帳の閨

博物館砲車の車の四つ輪は廻るもなかれ静か錆びゆく

「戦争と平和」仏語版叢書擱きき群像また狩猟場へ

反省などを思はざるまま牝鹿を追ふわかものへも兆す日章

日の光を両背に受けて土地の種子「美しきこそ優り」ゆゑ枯れぬ

阿蘭陀の市にて。日に眞向く鬱金香ただちに殖ゆ三十六鉢

アムステルダム思はば偲ばゆ広場へと近衛は佇ちて昏き そのとき

曇天ゆ噴煙うちくぐもらば夕火事は逼りをりポンペイ市 

塩の柱は新約が遠近ゆささふる宝石商の箱、石榑を

兵長の靴、婦人の扇子散らばりき曠野燃えひろがりぬみどり
  
  
  
鵺と葬り捨てなむおほきみの肩氷雨へ濡ちき冬霙の薄緋

戦歿碑まへへ額垂れ不発弾うづめき御苑に馬丁、皇帝

反魂草寄する陸奥宮かけくだる青年蝦蔓投じき 問ひは

根の國蟠りゐるをみなありき。指蛆虫梳きき櫛は丹色へ

煉獄へつづく田園の途轍牽き車馬燃え爛れて仰向きし

長崎忌薔薇冠をいただきき赤聖母逃げ回る、火の粉被り

防衛を説きをりき偽聖母ちぐはぐに嬰児を愛す 離れよ

岩窟へ伽藍建築せり死者巡礼す無花果の実豊饒なり きのふ

プルトンに溶くる魚の一章を誦さむ來来史あらはるるまで

鵺はほぐれて禽獣図へとかへりぬ動物園園丁食しきは砂
  
  
  


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