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精神病をもつ「僕たち」の命の重さを問いかける~「四人の陰」戦姫静寂著 を読んで~(続)

感想文集ー統合失調症をもつ人の著作を中心にーno.17
「四人の陰 スタートラインにさえつけない僕たちは」 戦姫静寂著


<精神病をもつ「僕たち」の命の重さを問いかける>

生産性などという言葉が幅をきかせ、心無い放言がSNSにあふれる息苦しい時代に私たちは生きている。
そんな中、この物語は「スタートラインにさえつけない僕たち」の命の重さを問いかける。

精神病をもつ4人の群像が、一人ひとりについて深く鮮やかにかつ自然に描き切られていることに、まず強い印象を受ける。この作者ならではの視点だと思う。
一般の人が想像するような奇行は登場しない。一方、4人それぞれの心の痛みが切々と伝わってくる。
描かれているのは症状や治療の負担よりも、この世で生きること自体の苦悩だ。


26歳の主人公「僕」は、自分自身を受け入れられない。
精神病治療中で実家暮らし、子どもの頃からの引きこもりで職に就いたことはない。
普通に生きたい、何かを成し遂げたい。そんな気持ちとは裏腹に、進むべき方向や生きる目的が見つからない。
親には甘えだと責められる。
自分の存在の重みを感じられないのと同様、亡くなったやはり精神病をもつ知人の命をも「綿あめのように軽い」と感じている。

僕たちみたいな人間が死んでも世の中は何も変わらへん

祇園祭


そんな「僕」が精神科デイケア(回復途中に通う施設)で3人の青年と出会い、変わってゆく。

このメンバーだと不思議と心を許せてしまう。そんな自分のことを僕は少しだけ好きになれそうだった

真夏の甲子園球場

あるとき偶然目にした将棋の駒に感動し、駒づくりに意欲をもつ。
仲間それぞれが優しく励まし背中を押してくれる中、友人の一人、外園が言う。

やりたいことがあってもなくてもいいんだよ。今の自分自身でいいんだ。自分を認めてあげることがとっても大事なことなんだ

駒の会

彼もまた物語の重要人物だ。
裕福な成功者を父にもつ彼も無職で、デイケアに通うほかは繁華街で遊び、仲間を誘う。
あるときは上記のように語り、またあるときはバイトを始める友人を見て「自分も頑張らなきゃな」と独り言を言い、複雑な内心をうかがわせる。


物語は「僕」と友人たちを描き重層的に展開する。
初めて見る世界、それぞれの思い、模索、挫折。不安定な病状に先の見えない暮らし…。

4人の交流には、互いの痛みを感じ取れる人同士に特有の優しい距離感がある。
そのためだろうか、各エピソードの内容はさまざまなのに、一貫してそこはかとなく美しい。
繰り返し登場する将棋の駒に導かれながら、読む者の心に一人ひとりの像が刻まれてゆく。


命の重みはどこに宿るのか。答えは人それぞれだろうけれど、読む人はラストシーンの「僕」と一緒に考えはじめる。そんな物語だと思った。
やりたいことを見つけて取り組み始めた「僕」よりも、それがないままの(ように見える)外園によって、この問いかけはより深いものになっている気がする。

テーマは重いが、鮮やかで無駄のない人物・情景描写に引き込まれ、最後までとても読みやすい。

kindle unlimitedで公開されています。

(3年前にも簡単な感想を書きました↓)


(追記)
作者の戦姫静寂さんがこの記事についてポストしてくださいました。
ありがとうございます。
noteにもコメントくださいました↓


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