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【vol.24】全体を通した住民の論理

◆はじめに

 これまでの記事では、第Ⅰ段階から第Ⅵ段階までの行政側の論理を扱ってきました。今回の記事では、福山市の学校再編問題全体を通した、住民の論理についてまとめます。総じて見ていくと、住民の論理は行政の論理の移行に対応はしながらも、行政の論理とは異なり、時期ごとに変わることなく一貫した論理が展開されていることがわかりました。

 そこで、本稿では第Ⅰ段階から第Ⅵ段階をまとめ、「地域」「教育」「行政」の3つの観点に分けて整理することによって、学校再編に対する住民の論理を確認していきます。なお、本稿で引用している住民の発言には、発言された日時とどの地域で発言されたものであるかを記します。それぞれの発言は、全てこれまでの記事で扱ったことがあるものです。

【vol.14】第Ⅰ段階 学校再編論議の萌芽(2012年2月~2015年8月24日)

【vol.15】第Ⅱ段階 「末端切り」(=「適正化計画」(第1要件)の提示(2015年8月24日~2016年9月1日)

【vol.16】第Ⅲ段階 公共施設の立地適正化と結びつく学校再編(2016年9月5日~2018年4月1日)

【vol.17】第Ⅳ段階 イエナ・特認校の導入(2018年3月26日~2019年2月13日)

【vol.18】第Ⅴ段階 イエナ・特認校の開校による「選択と集中」へ(2019年2月13日~2020年2月27日)

【vol.19】第Ⅵ段階 学校再編の決行(2020年2月27日~現在)

◆「地域」に関する住民の論理

 はじめに「地域」についての住民の論理を確認します。住民は全体を通して、地域と学校は一体であり、切り離すことはできないという論理を主張しています。このことは、住民の「学校がなかったら町づくりはできない(2020年8月12日 山野学区)」「周辺部は学校と町づくりを切り離しては考えられない(2020年8月12日 山野学区)」などという発言によって示されています。つまり、これは学校と地域は一緒であるので、学校がなくなれば地域もなくなるということを意味します。

①学校再編が地域に与える影響の危惧

 住民がこのように主張する理由は、学校がなくなれば、地域の過疎化が進むという論理を持っているからです。この論理は、住民の「地域に学校がなくなると、その地域での子育ては出来なくなり、地域の存続は危うくなる(2016年7月7日 山野学区)」、「学校が統廃合されて地域から学校がなくなれば若い世代が住まなくなり、地域の存続が危ぶまれる(2019年2月13日 内海学区)」などに表れています。つまり、地域の学校がなくなることにより若い世代の流出が考えられ、それが地域衰退を招くということを主張しているということです。そしてこのような事態は、これまで地域住民によって行われてきた移住の取組を台無しにするものだという主張もなされました。

②少子化に合わせた学校再編の悪影響

 このような学校再編は地域の少子化を進め地域衰退を招くという懸念から、住民はむしろ子どもの数が少ないから学校を再編するのではなく、少子化対策のために学校を残すべきだとまで主張しています。つまり、福山市の進めるような少子化に合わせた学校再編は、今以上に少子化・地域衰退を引き起こすため、逆に学校を残すことによってさらなる少子化の進行を防ぐべきだという主張です。

 さらに、これまでの市の少子化対策について、「人口減少対策の効果はあらわれていません。(中略)なぜ学校再編・統廃合を先行させるのでしょうか(2019年2月20日 統廃合ネット)」という発言もされました。これは、市は少子化対策について何もしていないではないかということを意味し、さらにはそうした少子化対策も行っていない状態で学校再編を断行する市のやり方に対する無責任な姿勢を追求するものです。

 このように、住民は市が進める学校再編のあり方に対して、逆に人口や生徒数など数ではなく、地域の実情に応じて学校を適正配置することで、地域の少子化に対応すべきだと主張しています。また、内海・内浦学区については、住民の移住の取り組みによって学区外から移住する人もいるということから内海の学校を残すべきだという意見も多く出されています。

③全体を通した「地域」に関する住民の論理

 このように、住民は学校が単なる教育の場ではなく、人口減少や地域衰退など地域のあらゆる問題に総合的にかかわっているものだとし、それに対して学校は住民のものだということを論理的に主張しています。そのため、合理化や財政の観点で学校再編を決定してはならないということを強く提唱しました。そして、学校は地域に総合的にかかわっているからこそ、学校再編を実施すれば地域に対する反響が大きいという論理も示しました。

 各々の地域からは、学校が地域活性化に深くつながっているということが何度も主張されています。しかし、行政はそのような主張がなされているのにもかかわらず、学校と地域は分けて考えるとし、2018年に「関係人口」創出事業を導入しました。(事業についてはこちら)この事業に対して住民は、「『学校再編を前提として学校教育環境の整備と地域の活性化は別に考えて取り組む』という考え方や、『地域活性化は、(中略)市教育委員会の仕事ではありません。』といった姿勢が、私たちには納得できない(2019年7月15日 山野学区)」とし、最終的に事業は頓挫しています。

 この事業の失敗は、一見住民の非協力によるものだと見えるかもしれません。しかし、これは行政側が一方的に「学校と地域は分けて考える」とし、両者の関係が人口減少に深く関わっていることに向き合わなかったからであり、「学校と地域は別だ」という論理を押し付けたことによる失敗だということに注意しなければなりません。

 以上のように、地域の観点からすれば、学校と地域は総合的に関わり、学校は地域に必要な役割を果たしているため、地域と学校は切り離すことができないということを一貫して主張していることがわかりました。地域はこのような論理を行政に対して訴えながら学校再編に反対の声を上げてきましたが、これに対し行政は「学校と地域は別だ」として学校再編を強行しました。学校再編が「決定」された今、今後は住民の主張する「学校と地域が一体である」という論理が現実となり、さらなる地域衰退が招かれていくといえるでしょう。

◆「教育」に関する住民の論理

 次に、「教育」に関する住民の論理を整理します。全体を通して住民は、既存の学校がなくなることで子どもたちが不安に思うとし、小規模校は子どもたちにとって必要なものだと主張します。これは「地域から学校がなくなる事がどれだけ子供たちに不安を与えるものか(2016年4月22日 内海学区
)」などという住民の発言にも示されています。

①小規模校のメリット

 住民が、小規模校を残すべきだという理由の1つは小規模校であっても行政の目指す教育を行うことができるからです。行政は、「変化の激しい社会をたくましく生きる力を育てるには、一定の集団規模における教育が必要」だとして学校再編を強行しました。しかし、住民は「地域の協力や隣接校との交流など工夫次第で十分に教育効果は上げられる(2016年7月7日 山野学区)」、「小規模校でも工夫次第で適正規模校に引けを取らない教育ができると考えている(2019年2月13日 内海学区)」などと主張しています。つまり住民に言わせれば、小規模校においても授業の工夫次第で行政の教育理念を実現することができるため、再編の必要性が認められないということです。なおこのことは、文科省の手引きの他、教育学の一般的見解にも通じます。

 さらに、むしろ小規模校の方が良い教育ができるという意見も多く出されました。例えば、「複式学級がいけないとか、学校規模が小さいからいけないとかいうのは逆だと思う(2018年12月3日 統廃合ネット)」、「統廃合が進められている小規模校では逆に教育効果を上げている特徴的な取り組みが行われている所が多いと把握している(2018年12月3日 統廃合ネット)」などという意見です。このように小規模校は適正規模の学校に劣らず、教育的にも優れていると住民が主張する理由は複数あります。

 その1つは、小規模校には生徒一人ひとりを大切に育てる教育ができるというメリットがあるということです。住民は、小規模校では「小中学校が綿密に連携し、一人ひとりが大切に生かされる教育がなされている(2015年8月25日 山野学区)」と主張します。その上で、「小規模の継続し安定した人間関係の中に置かれた方が安心して自己肯定感や社会性が育つものと考える(2017年8月7日 内海学区)」、「一人ひとりの子どもを大切にするという教育の基本的な考え方から(中略)『小規模特認校』を認めて頂きたい(2019年7月15日 山野学区)」として、小規模特認校の設置や小規模校を残すことを訴えました。

 また、学校教育に地域は不可欠であるということも理由として挙げられています。これは、「豊かな自然に囲まれ、地域の方々とも近い学校は残すべきだ(2018年7月1日 山野学区)」、「多様な価値観は学校の中だけで作られるものではない。地域があってこそ(2019年4月17日 統廃合ネット)」などという住民の発言に示されています。つまり、小規模校の方が地域とのつながりが強く、地域ごとの特色ある環境を教育に生かすことができるというメリットがあるということです。

 そして、地域環境を教育に反映することによってその地域が特色ある教育を行うことは、ひいては市全体の教育環境の多様性を確保することにつながるとも訴えています。住民は「どういう環境で子どもに育ってほしいかは、人それぞれの価値観。一つの価値観を押し付けるのではなく、本人意思で選択できることが誰しもにとって幸せなのではないか(2020年1月 内海・内浦学区)」として、子どもにとって多様な教育環境を整備することが大切だと主張しました。そしてそれは、集団になじむことが難しい子どもにとっての教育環境の確保にもつながるとしています。

 しかし、行政はそのような住民の意見を無視し、行政が良いとする教育を全市で実施するためとして学校再編を断行しました。しかも行政は、この学校再編を子どもの「多様性を認め合う力」を培うためだとも説明しているのです。この行政の説明や学校再編の実施に対して、住民は「子供たちの多様性を認めながら、一定の学校規模しか認めないのはなぜなのか(2020年12月11日 山野学区)」と反応していますが、これは当然の疑念であるといえます。

②学校再編は本当に子どものためなのか

 このように、行政の対応に対して住民から疑問の声が多く挙がる中、住民側から最も多く主張されたことは行政の進める学校再編が本当に子どもたちのためになっているのかということでした。行政は子どものための再編だといいますが、「子どもにとって何が大切なのかを第一に考えるべきである(2015年6月 パブリックコメント)」、「何故『子どもにとって』考えたら再編ということになるのか(2018年12月3日 統廃合ネット)」などの住民の意見が相次いでいます。つまり、この再編が子どもたちのためなのかどうかを行政は考えなければならないと訴えているのです。それだけでなく、実際行政は子どものためということを考えていないということも指摘しています。それは、「抽象的な内容ばかりだと、無資任に思える(2018年3月28日 内海学区)」、「統廃合が目的になっている(2019年5月10日 内海学区)」などの意見に示されています。

 この学校再編が子どもたちのためではないと住民が判断する理由は、行政の学校再編に関する説明に一貫性がないからです。これは、「学校規模や学級数規模の適正化という話がどんどん変わってきて(中略)、結局、福山市が教育的な観点から見て、目指しているビジョンが何なのかが全く見えず(中略)、色んな話が変わっていって、信用できない(2019年5月10日 内海学区)」という意見に表れています。

 これまで分析してきたように、行政は学校再編の理由として教育的な観点だけでなく、財政や合理化など様々な理由を挙げて説明していました。しかも、時期によって異なる理由を挙げており、しばしばそこでは論理に矛盾も生じていました。このような行政の説明を受けて、住民は行政が信用できないとし、行政は真に子どものことを考えていないと主張しているのです。

 特に、行政が財政を学校再編の理由として挙げたときの住民の反応は、これまで以上に辛辣なものでした。それは、「お金がないことを学校再編・統廃合の推進を持ち出すあたりで、統廃合を進めるという結論が市には先にあるという疑念を市民に持たせることになる(2018年12月3日 統廃合ネット)」、「教育は予算の投資効率を求めるものではなく、次世代を担う子どもを育てるところであり、お金はしっかりかけなくてはいけない(2019年2月13日 内海学区)」、「『子どものため』といわれるが、自分たちの予算の都合で学校を造ろうとしていることに一番腹が立つ(2020年2月27日 内浦学区)」などという意見に示されています。
 また、適正化計画が出された初期に行政が学校再編は小中一貫教育のためだと説明したことに対しては、「小中一貫教育の論議が、学校の統廃合を推進する内容に飛躍していることが納得できない(2015年6月 パブリックコメント)」という意見が出されました。これまで行政は、これらの問いに対して一切回答していません。

③全体を通した「教育」に関する住民の論理

 このように、住民は小規模校は子どもたちのために必要だと主張するとともに、行政は子どもの教育について考えていないということを一貫して主張しています。結局は、教育のための学校再編ではなく、行政が行政自身のために実施する学校再編であるということを住民は見抜いてきたということです。そしてこのような住民の主張は、適正化計画が出された後に、教育以外の理由を提示した際や、「特認校」や「イエナプラン教育校」の設置など、これまでの行政の説明とは逆行するような施策を打ち出していく過程において、さらに強まっていきました。

 最終的に内海・内浦学区の学校再編が「決定」された2020年2月27日の説明会において、実態をみれば行政は「学校再編に反対する人は、子どもについて考えていない(2020年2月27日 内海学区)」とも受け取れる発言をしました。しかし、行政は統廃合自体を目的として、教育だけでなく様々な理由を付け足すことで学校再編を正当化してきました。これに対し、住民は日常的に学校教育にふれるなかで地域の子どもを見ていく中で、学校再編に関しては子どもたちにとって地域の学校こそが大切だと主張し、再編に反対の声を上げてきました。どちらが真に子どものためを考えているかは一目瞭然でしょう。

◆「行政」に関する住民の論理

 ここでは、資料から読み取れる、住民が持つ「行政」に関する論理の全体像を見ていきます。再編対象学校区の住民は、そろって今ある学校を残すべきだといいます。「今ある小中学校の価値を認めるべきだ(2019年4月17日 統廃合ネット)」、「あるものをわざわざ壊して新しいものを作るのはおかしい(2019年7月15日 山野学区)」という発言が随所に見られ、行政による再編の強行に対して、強く反発する論理が目立ちます。

 注目すべき点は、山野や内海では、学校をなくすことに反対するだけでなく、どのような学校を作っていくべきかということも具体的に提示していることです。山野では、「山野小学校に小規模特認校制度を導入する(2016年7月7日 山野学区)」という具体案を出し、「加茂の分校でもいいから残すべき(2016年7月7日 山野学区)」とも主張しました。これらは、個人的意見というよりも、山野町内会連合会や山野小中学校保護者会、山野まちづくり推進委員会など、住民組織に集約された山野の地域としての意見です。また、内海では「町内の保育所、小学校、中学校を統合して一貫校を作るべきだ(2015年9月4日 内海学区 / 2020年7月21日、内海学区 他)」として、町内に教育環境を残すべきだと繰り返し主張してきました。

 他にも、住民には、行政がするべきことがたくさん見えています。例えば、山野の住民が主張するのは小中学校校舎の耐震工事です。住民は、「校舎の耐震工事をしないことは、行政の怠慢だ(2020年7月14日 山野学区)」と表現しています。結局、その怠慢を前提に、山野は再編を受け入れざるを得なくなりました。また、内海では、学校再編の前に住民による移住呼び込みの取り組みを支援するべきだとされ(2020年7月14日 内海学区)、統廃合ネットワークでは、新型コロナウイルス感染症が蔓延する中、学校規模が大きくなりすぎないようにするべきだとされています(2020年7月14日 統廃合ネット)。

 しかし、市は、住民と話し合おうとしませんでした。そのことに対する反発が、住民による発言のいたるところに見られます。「住民が何を話しても断るのはおかしい(2017年11月21日 内海学区)」といったものや、「最後は行政が決めるつもりならば、話し合うと口では言うが意味がない(2020年9月1日 山野学区)」というものです。

 それでも、市は住民と話し合うことを回避し続けるので、住民からは結論ありきで進めるべきではないという怒りの声が出されます。山野の住民からは、住民の合意なしに統廃合するのは「行政の横暴だ」という表現までされました(2020年8月12日 山野学区)。内海では、2020年2月27日の説明会で、教育長が「住民の総意は再編を進めることだと判断した」ことに対して、「住民の総意がどこにあるかという見極めが、市教委はできていない(2020年2月27日 内海学区)」とし、「内海の多数の意見を無視して強行するべきではない(2020年7月14日 内海学区)」と憤りの声を上げています。この主張だけ見ると、内海町の住民の論理は少数意見を認めないもののように見えるかもしれません。しかしそれは違います。内海町の中での「多数」は、福山市という枠の中では「少数」であり、弱い立場にある側なのです。

 福山市の中では力を持たない地域の住民に対して、行政が暴力を振るうので、そこからせめて自分は逃れたいと考える住民が一部に出てきます。例えば、「これだけ市教委に反対していると、後々、統合先の学校から白い目で見られるのではないか(2020年2月27日 内海学区)」というものです。内海では、教育長が個別面談で市教委の計画を支持する住民がいたことを説明会の場で説明し、それを切り札に使って学校再編を決定しました。統廃合ネットは、そのことを「内海の住民による学校存続を求める活動が、まるで(学校再編を支持する住民に対する)不当な圧力であるかのように描き出した(2020年6月23日 統廃合ネット)」と表現しています。

 このように、行政に対する怒りをあおり、住民同士の分断まで引き出して再編を断行した市行政ですが、これに対して住民は次のように主張しています。「笑顔で過ごせる人が多い地域を作ることが、行政の一番大きな仕事だ(2019年5月11日 内浦学区)」。笑顔で暮らせるようにするには、どうすればいいのでしょうか。

 その答えは、この節の冒頭に述べたように、すでに住民がわきまえています。今ある学校の価値を認める。今ある学校をベースにした、持続可能な形の学校を作る。そのためには、住民から知恵を吸い上げる。ただそれだけのことなのです。

 次回は、最終回として福山市の学校再編全体を俯瞰し、これまでの分析から本来の学校統廃合のあり方や、学校と地域の関係の築き方について考えていきたいと思います。


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