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2022年 全米ボックスオフィス考察④〜配信サービスとの住み分け〜

2022年 全米ボックスオフィス考察②〜公開規模別の興行収入分析〜」にて、公開規模別で分類した場合の興行収入の構成比が大きく変化していると書きました。以下はそのおさらいとして、2018年と2022年の「公開規模別の興行収入」をグラフ化したものです。



2018年から2022年にかけて、年間約30億ドルの興行収入が失われているのですが、そのうち65%にあたる約20億ドルが、「2,000〜3,999館公開」規模作品の減収によるものです。

2,000〜3,999館規模の公開作品への打撃

その規模で公開された作品の数が2018年は90本だったのに対し、2022年は50本まで減っています。さらに言えば、その規模公開の作品の館アベレージは2018年に3,208ドルだったのに対し、2022年は1,904ドルまで下がっています。

つまり、「2,000〜3,999館公開」規模の作品は公開本数が減っただけではなく、館アベレージをも大きく減らすという、とても厳しい状況にあります。「4,000館以上公開」作品がそれほど数を減らしていないのとは対照的と言えるでしょう。

以下、「2,000〜3,999館公開」規模で公開された主な作品の公開館数と1館あたりのアベレージ興行収入を表にまとめてみました。

2022年に「2,000〜3,999館」規模で公開された主な作品

1館あたりのアベレージが5,000ドルを超えている作品は「ヒット作」と認定していいレベルですが、その水準を超えている作品はごく少数で、ほとんどの作品が苦戦を強いられています。

ケネス・ブラナーが監督・主演を務める「名探偵エルキュール・ポアロ」シリーズを例にとるとわかりやすいかもしれません。コロナ前の2017年に公開された『オリエント急行殺人事件』は3,341館で封切られ、OP興収2,868万ドル、総興収1億200万ドルを稼ぐ堂々たるヒットとなりました。それに対し、コロナ後の2022年に封切られた続編『ナイル殺人事件』は、OP興収1,289万ドル、総興収4,560万ドルと大きく数字を落としています。

『オリエント急行殺人事件』と『ナイル殺人事件』興収比較

一般的に続編映画が前作の興収を上回るのは難しかったり、作品のクオリティが集客に影響することも多々あるため単純比較はできないものの、50%以上も興収を落としてしまったこの結果は、市場環境の変化が大きく影響しているのではないかと推測します。

「45日ルール」がもたらした衝撃

サブスクリプションモデルによる配信サービス「ディズニープラス」をスタートさせたディズニーは、劇場公開からわずか45日後に配信をスタートさせるという大きな賭けに出ました。従来は半年ほどの期間をあけてからパッケージ販売や配信が行われるのが当たり前だっただけに、このウィンドウ期間短縮は衝撃をもって迎えられました。

「どんな映画でも45日以内におおよその興収は稼ぎきってしまうから」というのがディズニー側の言い分とされていますが、ことはそう単純ではないでしょう。当然、「45日待てば配信で見られるから映画館には行かなくてよい」と考える人も多数いるはずです。

実際、ディズニー配下の20世紀スタジオが配給した『ナイル殺人事件』に関しては、45日待てば配信で見られるという「認識」が、動員を妨げる大きな要因になっていたとしても不思議はありません。映画館から配信への移行期間、言い換えるならば映画館での優先上映期間、いわゆる「ウィンドウ期間」問題は、コロナ以上に映画館ビジネスの根底を揺るがしかねない大きな要素なのです。

ここで、コロナ前後、というより「45日ルール制定」前後で、ディズニー映画の興収がどのように変化したかを見てみましょう。

まさに全盛期だった映画館ビジネス

まずはルール制定前の2018年から2019年。このとき、ディズニーは我が世の春を謳歌していました。3,000館以上で公開された大規模作品全19本のうち、15本が初週1位を獲得し、17本が興収1億ドル超の大ヒットとなりました。

2018〜2019年公開のディズニー作品 全米ボックスオフィス成績

マーベルは『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』および『エンドゲーム』が記録的な大ヒットとなり、アニメ映画も『インクレディブル・ファミリー』『トイ・ストーリー4』『アナと雪の女王2』が大成功を収めています。ほかにも『ライオン・キング』『アラジン』など、まさに無双の強さを誇っていました。この時点では、ディズニー映画は「映画館で見る価値のあるもの」というブランディングがたしかに出来ていたように思います。

そして2020年3月、コロナの襲来によって状況が一変します。実は一番最初にその影響をモロに受けたのが、ディズニー映画だったのです。世の中の異常事態に気づいた映画館が営業の自粛をはじめたまさにその矢先、ピクサーの最新作『2分の1の魔法』が公開されました。ピクサー映画といえば、最初の週末だけで最低でも5,000万ドル以上を稼ぐドル箱コンテンツでした(当時)が、『2分の1の魔法』は期待を大きく下回る3,900万ドルでのデビューを余儀なくされます。そしてまもなくして映画館の営業は完全にストップしてしまい、ピクサー映画史上最低の記録(6,150万ドル)で興行を終えることになってしまいました。

2021〜2022年公開のディズニー作品 全米ボックスオフィス成績

その後もディズニーはパンデミックの影響を回避すべく迷走を続けます。ピクサー最新作『ソウルフル・ワールド』および実写映画『ムーラン』の劇場公開をあきらめ、ディズニープラスで独占配信することを決定。2021年に入り映画館の営業が再開されても、『ラーヤと龍の王国』『クルエラ』『ブラック・ウィドウ』『ジャングル・クルーズ』を映画館&配信で同時にリリースするという戦略をとりました。

配信との同時リリースとなった4作品は、やはり映画館での興行で大きな苦戦を強いられます。『ブラック・ウィドウ』『ジャングル・クルーズ』は1億ドルの大台を突破してはいるものの、本来が持つ興行ポテンシャルを大きく下回ったというのが大方の評価です。

配信サービス拡大の裏に深い潜む傷跡

映画館での優先公開が復活した『シャン・チー/テン・リングスの伝説』以降も、その傷跡は残ります。特に2021年11月に公開された『ミラベルと魔法だらけの家』の映画館興行は、ディズニー映画のビフォーアフターをはっきりと象徴するものになりました。

翌年のアカデミー賞授賞式で長編アニメーション映画賞を受賞し、サウンドトラックが記録的な売れ行きとなった『ミラベル〜』は、ディズニーアニメ映画が変わらず最高品質であることを証明しました。しかしながら、約4,000館の大規模公開にもかかわらず、映画館に満足な数のお客さんを集めることができなかったのです。

ディズニーアニメ作品の興収変化

上の表の「OP Wknd興収」に注目してみてください。初週末の興収がビフォーアフターで激しく変わっています。もちろん、タイトルがもともと持っているポテンシャルによるところも大きいですが、それを差し引いても大きな変化です。

初週末の興収が低いためそれほど目立ちませんが、「Drop率」も高くなっています。初週末から2週目の週末で興収がどれだけ落ちたかを指すDrop率は、映画館興行での「賞味期限」を予測する重要な指標です。全米市場では、新作をいち早く観たいという需要が高いため、Drop率は40〜50%台と高めの数字が出やすいのですが、アフター期間ではその平均を上回る数字が出てしまっています。

MCU作品の興行変化

次にマーベル作品の興行変化を見てみます。コロナ明けまもない『シャン・チー〜』『エターナルズ』あたりはまだ本来のポテンシャルに戻っていないように見えますが、2022年に入ってからは初週末で1億ドルを超える作品を連発しており、あらためてその人気の高さを証明しています。

ただし、「Drop率」が高まっているのが気がかりな要素です。もともとマーベル作品は熱心なファンが初週末に映画館を訪れる確率が高いのですが、それでもビフォー期間では50%台のDrop率を維持していました。しかし、アフター期間では60%台後半が当たり前の水準になってしまっています。

これは明らかに「45日ルール」による副作用でしょう。絶対に映画館で観たい熱心な層と、配信まで待てばいいやな層がはっきりと分かれてしまったように思います。この目に見えないユーザー心理こそが、これまでの映画館ビジネスを揺るがしかねない大きな変化なのです。

一方で、ディズニーは2022年12月に全世界同時公開した『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』では、映画館での鑑賞体験を最大化させる方式を採用しています。「45日ルール」は適用されず、公開7週間が経った今も配信リリースの目処はたっていません。

今後もこうした「住み分け」が進んでいくことになるでしょう。すでに全世界で会員数1.6億人を突破しているディズニープラスへの作品供給も重要課題ですから、小〜中規模の作品は引き続き45日ルールの適用、あるいは配信スルーになることもあろうかと思います。もしくは、配信の世界でより重宝される連続ドラマの企画が増え、そもそも映画館での興収が期待できない小〜中規模の映画は製作すらされなくなる可能性もあります。

そうした動きは当然、ディズニーに限った話ではありません。映画館、配信、パッケージ販売など、収入がままならずビジネスとして成立しないのであれば、作品が製作されることはありません。

これから先、どうすれば作品あたりの収入が最大化されるのか、その構造について再検討がおこなわれることになるでしょう。コロナ禍においては配信サービスへの会員獲得が最優先されてきましたが、今まさに映画館興行のもたらす収益効果が見直されつつあります。その最適化検討によって、「45日ルール」にも変化がおき、小〜中規模公開作品の映画館への集客がV字回復する可能性もあるでしょう。

映画館には映画館ならではの体験があり、配信には配信の体験や便利さがあります。家庭にテレビが流通し、ビデオやDVD、Bru-Rayが広まっていったように、時代によって映画やドラマを楽しむ手段は変化していきます。その都度、ビジネスとして、そして観客が作品を楽しむための、最適なかたちが模索されてきました。

全米のみならず、世界中で映画市場の再構築がもうすでにはじまっています。映画業界が今後どのように変化を遂げるのか、引き続き注視していきたいと思います。


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