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私の仕事と難病

一昨年・2018年・

公立小学校で学童の指導員。就職した頃は校庭や体育館にて鬼ごっこなど走り回って遊んでいました。しょうきち先生!遊ぼう!と言われて人気があったと自負しています。照笑

昨年・2019年・

3回くらい階段から落ちてしまいそのせいで、歩きにくいと最初は思っていました。しかし整形外科の先生が神経内科の先生に相談をしていてくれて、病気が発覚しました。最初は認めたくなっかたけど、しょうがないから難病とともに生きていくことを決めた年でした。

この頃から段々と病魔が私の小脳と子どもたちとの絆をむしばんでいきました。上手に歩けない。走れない。うまく話せない。お弁当の時に子どもたちよりも遅い先生。

今年・2020年・

私はまだしがみついていますが、そろそろ潮時と感じる昨今。「うまく話せない度合いが限度を超えてきた。」と思います。家族や友達、先生方は何を言いたいのか察してくれるけど子どもたちは、そうはいきません。自分たちの欲望のままにまっすぐな子どもたちに「ちょっと待ってねー、先生書かないとお話できないからねー」と電子メモに用件を書く。そんなことをしていたら人気はランク圏外になるのは間違いなし。

不思議と書きながらだと言葉が声になって出やすくなるため、勤務中では電子メモは私の必須アイテムの一つとなっています。

しかし、前の上長先生が私に伝えてくれた言葉を私は忘れていません「しょうきち君は、@@(車椅子を使っている児童)くんや @@(精神的な障害のある児童)ちゃんの気持ちはすごく敏感に理解してくれているから(中略)適材適所で出来ることをすれば良いんだよ。」と言われて頑張ろうと気持ちを奮い立たせて電車に乗り込む次第です。

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