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草野心平ってどんな人?――『詩友 国境を越えて』のススメ

草野心平について知りたいと思ったのは、例によって私がドはまりしているゲーム『文豪とアルケミスト』の影響だった。
可愛らしい外見だが、吐き出す言葉が妙に鋭く胸に刺さる。それでいながら、ふとした瞬間に孤独な影を匂わせる。
このキャラのモデルとなった人物はどのような詩を書いた、どのような人なのだろうか。

twitter上にファンが流すプレゼンは本のススメや、ちょっとしたエピソードがメインで、彼という人物を簡潔にまとめたものは見つからない。
知りたいと思う彼自身のことは曖昧に匂わせられるばかりで見えてこない。
そこで私は自力で史実を掘り返すことにした。
いや、最初から他人を宛てにするなという話なのだけれども。

そうして見つけたのがタイトルに揚げた『詩友 国境を越えて』である。

これは第三者が関係者に取材を重ねて書き上げた草野心平の評伝、伝記である。

草野心平は自分でも日記や自伝を残しているが、そう言った資料はいきなり入るには私にはちょっとハードルが高かった。
小林多喜二に関する『組曲虐殺』の記事でも書いた通り、私は日記や随筆、書簡といったものは得意ではないし、時代の差というやつなのか、それとも主観性からそう感じるのか、どうも当人の書いたものというのは読みにくさを感じて挫折することが多いのである。
なので、第三者が客観的に書いた、草野心平という人物の人生を端的にまとめた、総合的に情報を俯瞰できるような本が欲しかった。

そういう本を求めて辿り着いた一冊である。

文体は、発行が2009年ということもあって、現代的でひじょうに読みやすい。
巻末にはきちんと草野心平に関する年表もついている。

内容については、評伝というものは総じてそういうものなのかもしれないが、どこか小説めいていて、読んでいて普通に面白いと感じさせる。
草野心平の人生そのものがとても起伏に富んでおり、ちくまの小泉八雲の評伝を読んだ時のように、ちょっとした冒険ものを読んでいるような気分になるのだ。

複雑な家庭環境の中で孤独を覚えた幼少期、父親とうまくいかずに日本を飛び出した青年期、そして中国という異国の中で迎える詩の目覚め。
小泉八雲ほどではないが、彼の人生もまた一つの国では収まらない。
おまけに彼という人間の行動がやたらと大胆で、突拍子もない。
繊細さを抱えながらも不器用で、滑稽で、それでいながらも温かさに満ちている。
草野心平という人間の人柄の魔力の成す技か、第三者が書いたはずのこの伝記も始終、草野心平という詩人に対する温かな眼差しで満ちている。

惜しむべくは、これ一冊で草野心平の全てを網羅しているとは言い難いことだろうか。
書かれているのは草野心平が日記に残していない時代――戦前~終戦くらいのことが主で、戦後についてはほとんど書かれていないと言ってもいい具合なのだ。
著者曰く「生活と詩作と日記は、一つとなって伝記の心平を形成していくのだ。日記のない戦前と心平と、日記のある戦後の心平を、伝記上では、一人の人物として取り扱えない」(2009/02/01,風濤社,北条恒久 p.284)とのことなので、草野心平を本当の意味で知るにはこれ一冊では不十分ということになる。

とは言え、内容としてはよくまとめられている方である。

草野心平がどういう生い立ちの人物で、大体どのような人たちと関りながら、どのような軌跡を生きたのか。
ざっくりしたところはきちんと把握できるので、入門としてはちょうどいいという印象を受けた。

ざっくりと全体を掴んで、足りないところは適宜補うというのは、調査の基礎でもある。
「知りたいという欲求をとりあえず満たす本」としてはいいのではないだろうか。





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