見出し画像

どの選択の明日が一番輝いているかを必死で考える

当たり前だが「経営は難しい」。あーそうだったのか!という学びが永遠に続くし、会社にとっての選択は千差万別。王道的な正しい方法が自分達には全然合わないなんてこともしばしば。

少しずつ社員が増えて「どう思う?」と相談できることが増えたのが救いだ。それでもやはりいろんな考え方があるし、最終的に決めるのは経営者になってくる。「経営者の孤独」と言われるがまさにそれで相談はできるが決断は1人(小さい組織だと)ということになる。そこから起こる未来も決断した人の責任となる。

「答えにしていく選択」と言えば簡単ではあるが、実際、目の前に選択があると簡単ではない。ヒリヒリする局面が続くし、体は休んでいても脳みそが休まる日はない。結果、慢性的な寝不足ではある。これはもう諦めた。

小規模組織の経営者1人となると「経営の判断≒人生の判断」に近いなと感じる。実際に今も体はクタクタではあるが、脳みそだけがフル回転で寝るに寝れずにタバコを吹かしてこれを書いている。文面になると疲れているように見えるが文面には出ないところで行くとこのヒリヒリを楽しんでいる。

経営しだして5年ほどが経過したが反省だらけの日々だった。あーしとけばよかった、こーしとけばよかったの連続だ。しかし、次の選択は誤らないようにしようと意識し続けて行動しつづけた。時には攻めすぎだろうと思うこともあったが結果せめて正解だった。

ここらで落ち着いても良いのかもしれないと思う時もある。しかし、その立ち止まる時間に油断が生まれる気配がしてならない。停滞は止まっているように見えて時代は動いている。つまり、停滞は「後退」している。少しずつでも大きな一歩でも前に進むことは大前提だ。これは経営をしていて学んだことの一つである。

変化に対応できなければ死んでしまう。そんな危機もある。同時にスケールさせすぎることでこのビジネスがドン詰まることも予想される。そのギリギリのラインを模索している。半年後、1年後、3年後、5年後、10年後の先を考える。今の時代、思い描けて3年後が限界だ。どういう会社になっていたいかは、どういう自分でありたいかに等しい。

脳内でぐわんぐわんとシミュレーションを回し、リスクと可能性の天秤にかける。結局、最後の判断は自分だ。少数精鋭であることは変わりない。最高のメンバーで最高のチームを目指す。それだけだ。そこに耐えれる体と心の筋力を必死でつけていけなければいけない。

そんなことを考えながら、なんかこんな気持ちの曲あったなぁと思っていたら真心ブラザーズの「明日はどっちだ!」だった。頭の中で不安を連呼するハエをはらって、自分が思う明日の方向に一歩踏み出すだけだ。
明日はどっちだ!の歌い出しは「俺はまだ死んでないぜ 未来はまだ輝いてるぜ」ではじまる。どの選択の明日が一番輝いているかを必死で考える。

いただいたお金は子どもに本でも買おうかと思ってます。