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生きてることは「誰が為に」で出来ている

もうあと数日で今年も終わる。いろんな新しいことに足を踏み込んだ一年だったように思う。特に今年は新しい仲間と出会ったり会社のメンバーが増えたり、どこぞの神様の計らいで素晴らしい出会いが多かった。もしかしたら今年だけじゃないかもしれない。僕の人生は人との出会いがチート級である。

あーこの人と会えてよかったなぁと酔っ払った飲みの席で静かに思う時がある。相手がトイレで立席している一人の時間に日本酒を呑んでぼーっと思う時がある。実に素敵な人たちが僕の身の回りにはたくさんいる。

多くの楽しい時間と一緒にハードルを越えていく並走感や深い議論に飽きもせず一緒にダイブしてくれる夜、よし!今日は遊ぼう!って深夜の無茶振りに付き合ってくれたり、意味があったりなかったりのたくさんをいただいている。

そういう人たちに同じものを返せるようでいたいな、と思う。
もらっている以上に返すにはなかなかハードルが高い。それくらいもらっているのだなぁと思う。

昨日は2年以上かけているプロジェクトの大きな山を越え、忘年会でゲラゲラわらった。このプロジェクトでは僕は最年少なんだけど、世代を超えて「高校の同級生」のようなときがある。それでいて各自の仕事の責務を100以上で全うする男たち。かっこいいなと思う。この人たちのために。そう思える関係性は一番理想的であり、そういう繋がりを多く持っていることが僕の自慢でもある。

「誰が為に」という言葉で人の人生はできていると思っている。
少なくとも僕は。「自分のため」という行為は「今から飲もうぜ!」というときくらい。それ以外は誰かの相談を受けて、そればかりを考える仕事だからだけど、生きている間で自分のための時間より、誰かのための時間の方がよっぽど多いんじゃないかと思う。

そう考えると実りある人生とは誰かのための時間が豊かであればあるほど、良いものになるのではないか。仕事もプライベートも人との繋がりが僕の財産であり、今年も多くの新しい仲間と出会えたことが何より嬉しい。

仕事は明日まで。
いろんなプロジェクトは来年に持ち越しだけれど春先までに関係性から生まれたものが世の中に飛び立つ。いけいけ、わが子よ。関係性から生まれた唯一無二の子よ。

いただいたお金は子どもに本でも買おうかと思ってます。