十五夜に馳せる
十五夜の日、足元がおぼつかず布団の端に引っかかって転んだ。
今日はツイてないと考える。占いは信じないのに。
完璧なんてないかもしれないけど、つい完璧を求めてしまう。
それは私の悪い癖。
今日の満月はきれいすぎるほどきれいな丸だ。
悔しい。私だって、満月みたいな毎日を送りたい。
しかし、中秋の名月といわれる今日の月、どうやら”完全な満月”ではないらしい。
完全な満月になるのは月が沈んだ後、という情報もあった。
なんだ。9月10日だというだけで騒がれているけど、別にふつうの月じゃないか。きれいだとしても完璧とは限らないのか。
ふつうだけど、ある人から見れば完璧。
たまたま今日の姿が、多くの人に気に入られて見られているだけなのか。
都会に住むようになって、月の光がなくてもふつうに道を歩けてしまうし、上ばかり見て歩けやしない町だけど、たまには立ち止まって、不完全な形の月を見るのもいいのかもしれない。
毎回丸くおさまるような月より、少し変でとがった月のほうがかっこいい気さえしてきた。
1つ納得できないことがあるとするなら、月と違って人は永遠に完璧にはなれないことだ。
いつまでも欲深く、嫉妬も怒りも弱さも私に別れを告げさせてはくれず、ときに極端に現実を突きつけて、後悔もたくさんする。気づけばそんな日々を送ってしまっている。
せめて月みたいに、人に見えないところで”自分の完璧”になれたらいいのだけど。
人には見えない完璧さ。それってすごくロマンチックだなと思ふ十五夜の日。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?