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【読書録】『向田理髪店』奥田英朗

今日ご紹介する本は、奥田英朗ひでお氏の小説、『向田理髪店』(2016年4月 光文社 / 2018年12月 光文社文庫)。

奥田英朗氏は、直木賞作家。トンデモ精神科医・伊良部一郎が主人公の『イン・ザ・プール』など、ハチャメチャコメディ小説で一世を風靡した。私の大好きな作家で、同氏の作品については過去のnote記事でも触れたことがある。

しかし、この作品は、コメディではない。舞台は、北海道の「苫沢町」(夕張をモデルにしたものと言われている)。昔、炭鉱で栄えたが、すっかり寂れた田舎の過疎の町だ。その町の小さな理髪店を営む向田家が、物語の中心。この家族と、彼らを取り巻く地域の人々が織りなす人間模様を描く心温まる小説だ。

先日、この小説を原作とする映画を作品を観た。それまでは、この小説の存在を知らなかった。

映画公式ページ(https://mukouda.com/)より

映画の舞台は、原作と異なり、九州の福岡県大牟田市をロケ地とする架空の町、「筑沢町」だった。

理髪店の主人である向田康彦を演じた高橋克実や、その妻を演じた富田靖子をはじめ、多くの役者さんたちが、過疎の町に根を下ろして暮らしている人々を好演していた。昭和の香り漂う理髪店やシャッター街の映像は、過疎の町の現状をノスタルジックに表現していた。九州弁もほほえましかった。

この映画がとても良かったので、その後に、映画と同名の原作であるこの小説を読んだ。小説も、やはり、良かった。

おそらく、多くの過疎の町に共通してみられるだろう、生きづらさや閉塞感が、いろいろなエピソードを通じて浮き彫りにされている。過疎化にどう歯止めをかければよいのか、若者たちが知恵を絞るものの、そうたやすく解決する問題ではない。道のりは困難で、悶々とさせられる。

それと同時に、狭い地域ならではの密な人間関係と、町民の支え合いの精神が、丁寧に描かれていた。都会ではありえない、良くも悪くも、かなり近い距離感。うっとおしくもありながら、どこか懐かしかったり、うらやましくなったりさせられた。

地方の過疎化について鋭く問題提起をしながらも、人と人との助け合いの精神があれば、何でも乗り越えていけるというメッセージを受け取った。読了後、なんとも言えない温かい気持ちになった。

以下、特に印象に残ったくだりを、いくつか引用してみたい。

 康彦はどうしても疑念を抱かずにはいられなかった。過疎の町に、東京から入れ代わり立ち代わり人がやって来て、この地には可能性があるとおだてるのは、住民に一時の夢を抱かせて、慰め、都会との格差をうやむやにしたいのではないかと。江戸時代の士族階級が、農民の身分を商品より上だとして機嫌を取り、年貢を取りやすくしたようなものである。

p47

見ない振りをして保たれる平和が世の中にはたくさんある。

p52

 田舎の悪いところは個人主義が通用しない点だ。無邪気な善意が人の負担になる。

p136

「昔は何かあるとつまはじきだったそうだけど、これからの小さな町はちがうべ。みんなが仲良く暮らせる偏見のない町作りだべ」
「オメ、いつからそういうことを言う人間になったんだべか」
「変化がねえ町だからね。少しは変化を起こそうと考えてるのさ」

p295

私も、地方の田舎出身だ。大学進学を機に、県外に逃げ出した。田舎町に特有の同調圧力や閉塞感に、ほとほと嫌気がさしたからだ。それなのに、なぜか、心の隅っこに、望郷の気持ちがしぶとく残っている。時々は田舎に帰って、懐かしい気持ちに浸りたくなる。だから、この映画と小説が、これほど響いたのかもしれない。

私のように、田舎に故郷をお持ちの方には、おそらくこの小説の世界観に共感していただけるのではないかと思う。田舎に縁のない、もともと都会のご出身の方は、この作品を読んで、どのように感じられるのだろうか。是非、感想をお聞きしてみたい。

ご参考になれば幸いです!

小説はこちら。

映画はこちら。

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