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【読書録】『「選択的シングル」の時代』エルヤキム・キスレフ

今日ご紹介する本は、社会学者であるエルヤキム・キスレフ(Elyakimu Kislev)氏の著作、『選択的シングルの時代』(文響社、2023年6月。原著出版は2019年)

原題は『Happy Singlehood The Rising Acceptance and Celebration of Solo Living』。日本語の副題は、『30か国以上のデータが示す「結婚神話」の真実と「新しい生き方」』。日本語訳は、舩山むつみ氏。

著者のキスレフ氏については、以下のような記述がある。

イスラエル・ヘブライ大学の公共政策・政治学部で教鞭を執る。マイノリティー、社会政策、シングル研究が専門。米国コロンビア大学で社会学の博士号を取得したほか、カウンセリング、公共政策社会学の3つの修士号を有する。リーダーシップ、移住、社会・教育政策、エスニック・マイノリティー、グループ・セラピー、シングルなどのデーマで、多くの記事・書籍を執筆・編纂している。

本書は、30カ国以上でのデータ分析や膨大なインタビュー調査に基づき、世界中で独身者が増えている「シングルの時代」という社会現象について論じるものだ。そして、シングルがより良い生活の質を享受できるようなメカニズムを探り、提言を行うものだ。

私は、結婚はしているが、子どもはおらず、配偶者とは別の拠点で生活している。厳密には「シングル」には該当しないが、生活スタイルはかなりシングルに近い。そのためか、本書についてメディアで知って強い興味を持った。

読んでみて、とてもたくさんの気づきや学びがあった。以下、印象に残ったくだりを備忘のためにメモしておきたい。


備忘メモ

結婚神話の真実

・結婚は一時的に幸福感を増大させるが、2年たつと幸福感は結婚式以前の基準レベルに戻る
・結婚すべきというステレオタイプのせいで、準備ができないまま、あるいは正しい相手なのか自信がない状態で結婚してしまう人がいる
・結婚している人でもシングルと同じくらい孤独を感じる場合がある
・孤独感はパートナーの有無とは関係ない独立した問題であり、解決策は自分自身のなかに探すしかない
・結婚によるリスク:将来シングルとして生きることに対して準備のできていない人間になってしまうこと
・人々はシングルという生き方が持つ豊かな可能性に気づいていない

シングル時代の到来

世界のいたるところで、結婚の時期を遅らせ、ひとりで生活し、独身を選ぶ人が増えている。

背後にあるメカニズム:
・人口統計上の変化(出生率の低下、平均余命の延長、男女の人数差)
・社会における女性の役割の変化
・離婚時代におけるリスク回避
・経済の変化・資本主義と大量消費主義の広まり
・宗教的価値観の変化
・文化的変化
・都市化
・国境を越えた移民

孤独と結婚

・孤独への恐怖が人々を結婚へと駆り立てる
・孤独の定義:その人が望む社会的関係のレベルと実際に達成されている社会的達成のレベルの不一致
・社会的孤立は、他人との接触が非常に少ないという客観的状態を指すが、孤独は孤立の認識と結びついた主観的な感覚
・結婚している人と結婚していない人の間の孤独と幸福の差は驚くほど小さい
・寂しいと感じることと、孤独を楽しむことは違う

幸福なシングルシニアの特徴

・現在に至る状況を自分で把握できる能力がある
・ひとりでいることを楽しんでいる
・緊急事態を予測して、それに対する準備をする能力がある
・社会的プレッシャーと偏見に対処するために自分のアイデンティティーを調整している
・自分たちと、結婚している友人や家族との違いをあまり重視していない
・親密な人間関係の代替となる関係を構築している

シングルへの差別に立ち向かう戦略

・結婚していない人は、結婚している人と比べて50%多く差別を経験
・差別の例:職場での差別、法制度上の不平等、住宅供給の差別など
・独身差別に対する意識を高める
・ポジティブな自己認識を持つ。その要素は、自信、楽観主義、自分には価値があると思えること
・シングルを取り巻くプレッシャーと差別を避ける
・差別的な習慣を真正面から拒絶する
・自らの権限を強化する

シングルのウェルビーイングに役立つ社会関係資本

・積極的に社会的交流をおこなっているシングルは、幸福指数でカップルを追い越すことができる
・多様な人々に出会い、幅広い活動に参加
・より強く、幅広いネットワーク
・柔軟に変化を受け入れ、ますます巧みに自分のニーズに適した社会的枠組みを構築
・社会的な人間関係によく注意を払い、自分たちの生活の中心にしている
・人と交流するためにテクノロジーを利用

脱物質主義ポスト・マテリアリズム

・多くの人びとにとって、結婚と生殖ではなく、各自の願望が最も重要なものとなってきている。
・脱物質主義的価値観は、シングルが社会の偏見やステレオタイプを克服し、パートナー以外の仲間を見つけ、ひとりでも心地よく感じられる活動に参加するよう勇気づけ、幸福感を高めてくれる。

シングルと仕事

・仕事における満足は、結婚している人たちの場合よりもずっと強く、シングルの全般的な幸福に貢献している
・付加的な意味や、価値ある仕事をしているシングルはより大きな満足を得ている
・燃え尽き症候群のリスクと隣り合わせ
・罪悪感を持たずにキャリアに集中することを妨げる拘束やプレッシャーは、シングルのほうが結婚している人よりも少ない
・シングルにとって仕事と生活のバランスとは何かについての誤解:仕事と生活のバランスではなく、仕事と家族のバランスについて語られることが多い

シングルのワーク・ライフ・バランス維持戦略

・仕事と健康的な楽しみのバランスを保つ
・学びの時間をもつ
・心身の健康に投資する
・家事と賢く向き合う
・自分のための家族を上手に「選択」する
・職場を社交的な環境に変える
・シングルにもカップルと同じように要求があることを雇用主に理解させる

シングルを待つ未来

・感情的、知的、性的な「財貨」の交換を多様化させていくことが、より大きく、よりポジティブな役割を果たす
・友情という制度が、結婚がもはや埋めることができなくなった隙間を埋める
・友人との同居は別個の社会的カテゴリーとして認められるべき
・マイノリティーと同様に、コミュニティーを組織することにより、多様な面で利益を得ることができる
・友情の役割のほか、革新的な住居や都市計画、変化する市場や消費生活のパターン、発展するテクノロジーやロボットとの関係などが未来を変える要素であり、規範や文化を変えていく
・人間は必ず誰かとペアにならなければならないという考え方は、そのうちシングルの生き方にとって代わられる

社会への提言

・「結婚」ありきの政策をやめる
・「結婚以外の選択肢」を含む教育・学びのプログラムを実施する
・多様な生き方を想定して都市開発を行う
・シングルについての学術研究により力を入れる

感想

まず、たくさんのデータが引用されており、参考文献のリストも膨大なものだった。調査に裏付けられた主張には説得力があった。

特に強く印象に残ったのは、結婚神話の真実についてだ。いかに結婚神話が、人々の幸福追求を妨げているかについてだ。

とりわけ、孤独を避けるために結婚を選択しても、結婚による幸福は2年しか続かない、という研究結果がショッキングだった。

それどころか、家庭やパートナーに束縛され、社会的な活動が制約され、逆に、シングルよりもよほど孤独に悩まされるかもしれない。家族やパートナーに依存することに慣れてしまい、離別や死別した後、ひとりで生きていくのに苦労するかもしれない。

結婚神話は、こういった結婚によるリスクについて教えてくれない。そもそも人は、いつかはひとりで死んでいくものだ。孤独というものは、個人の主観的なもの。孤独のソリューションは、結婚ではない。孤独の解決策は、自分自身の中にしかない。社会関係資本を普段から積極的に築いておくことが幸福につながる。こういったメッセージが、強く心に残った。

また、職場において、ワークライフバランスが、仕事と生活のバランスではなく、仕事と家族のバランスであると誤解して語られることが多いというくだりも印象に残った。このような誤解により、雇用主がシングルに不利益を強いてしまっているのだ。

私は、かなり前のことだが、子育て中の社員のカバーのために、私だけ残業させられて不当だと感じたことがある。他方で、会社の使用者として、シングルの部下に対して、シングルだから少しくらい無理をお願いしてもよいだろうという軽い気持ちで残業をお願いしたこともある。被害者と加害者の両方の立場から、ハッとさせられた。

総じて、読み応えのある本だった。シングル当事者にお薦めしたいのはもちろんだが、今、結婚すべきかどうか考えている人や、結婚すべきというプレッシャーに悩まされている人には、特に強くお薦めしたい。本書を読んで、結婚することによるメリットとともにデメリットを十分に把握し、ご自身の状況と照らし合わせて熟考し、悔いのない選択をしていただければと思う。

また、結婚しない家族を心配している親、きょうだい、親戚の方々にも是非読んでみていただきたい。結婚を勧めるのが本当にその人の幸せになるのか、ということを考えさせてくれるだろう。

そして、企業の商品開発やマーケティングの担当者にもお薦めしたい。シングル市場はとてつもないポテンシャルを持っている。シングルに優しく、かつ、持続可能で多様な社会環境のためのソリューションを提供していただければ、企業業績も向上し、三方良しの結果になるだろう。

また、社会政策立案に携わる官僚や政治家の方々、教育関係者、都市開発担当者、学者さんたちにも、特に著者による「提言」について、是非検討していただきたいと希望する。

ご参考になれば幸いです!

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