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【読書録】『塞王の楯』今村翔吾

今日ご紹介するのは、今村翔吾氏の歴史小説『塞王の楯』(集英社、2021年10月)。今年1月に、第166回直木賞を受賞した作品なので、ご存知の方も多いかもしれない。

この物語は、戦国時代の穴太衆あのうしゅうと呼ばれる、石垣造りののプロの職人たちをテーマにした作品だ。

穴太衆については、私が愛読してるお城に関するサイト『城びと』さんに掲載されている、以下の記事に詳しい。

穴太衆とは、近江国(滋賀県)琵琶湖西岸の穴太(あのう・あのお)という所に居住した石工(いしく)集団のことです。石工とは、石材を扱う工人、つまり石の職人のことです。高く堅牢な石垣を積む穴太衆の技術は、安土城(滋賀県)以降、城の普請で引っ張りだこになり、「石工といえば穴太」が定着して、近江出身でなくても石工のことを穴太衆・穴太方などと呼ぶようになりました。当初は固有名詞だったものが、石工全般のことを指す普通名詞になっていったのです。焼きもののことを「せともの(瀬戸物)」と呼ぶようになったのと同じような経緯ですね。

私は、お城検定の勉強を通じて、滋賀県にそういう名前の石垣のプロ集団がいた、ということくらいは知っていた。しかし、それ以上のことは何も知らなかった。

歴史小説では、信長、秀吉、家康だの、真田幸村だの、華々しい活躍を遂げた戦国武将が主人公とされることが多い。そのようななか、この穴太衆のような、どちらかといえば地味な、裏方的な職人が主題となっている小説は、珍しいのではないかと思う。

そういう観点から、興味を持って読んでみた。すると、これがものすごく面白かった。

そこで、以下、備忘のために、あらすじと感想をまとめておく(若干のネタバレあり、ご注意ください)。

主人公は、穴太衆の名門・飛田屋の若き後継者である匡介きょうすけ

織田信長が朝倉義景を追い詰めた「一乗谷の戦い」の戦火のなか、幼い匡介が、家族を亡くし、自らも命の危険にさらされる。そんなとき、滋賀県穴太から一乗谷を訪問していた飛田屋のリーダーである源斎と偶然に出会い、匡介は源斎に救われる。

この導入がドラマチックで、一気に物語に引き込まれた。

そして匡介は源斎に引き取られて穴太衆となる。石の声が聞こえる、という天賦の才能を開花させ、飛田屋のリーダーに成長していく。

穴太衆は、大きく3つの部門に分かれる。石材を山から切り出す「山方」、石材を石積みの現場まで運ぶ「荷方」、運ばれた石材を積み上げる「積方」だ。栗石という、石垣の裏側に入れる石積みに、15年の修行が必要だというように、石垣造りの修行は長く厳しい。

こういった石垣造りについての記述が、大変詳しい。それもそのはず、作者の今村氏は、穴太衆の15代目当主の粟田純徳さん(粟田建設社長)に、自ら取材したというのだ。

また、人物の描き方も、人間臭くておもしろい。大津城城主であり、戦国時代の「愚将」と言われた京極高次が、実はその人柄の良さで人望を集めたリーダーとして描かれている。そのほか、浅井三姉妹の次女で、高次の妻である、西国無双の勇将と名高い立花宗茂などが、とても魅力的に描かれている。

そして、見どころなのは、石職人である匡介と、鉄砲職人である彦九郎げんくろうとの対決だ。彦九郎は、鉄砲や大砲を作るプロ集団である国友衆に属している。絶対に城を守り切る石垣をつくりたい匡介と、絶対に城を落とす鉄砲や大砲をつくりたい彦九郎。このふたりは因縁のライバルとなり、大津城の戦いで正面衝突する。

まさに「矛と楯」。しかし、このふたりの究極の願いは共通していた。それは、戦意を喪失させ、戦争をなくし、平和な世の中をもたらすこと。

それなのに、皮肉なことに、矛と楯の高度な技術によって、かえって激戦をもたらしてしまう。

そして、私が特に嬉しかったのが、名城がいくつも作品に登場することだ。伏見城大津城一乗谷城北ノ庄城岐阜城大垣城大坂城など。城マニアにはたまらない。

552ページの大作だった。史実と創作を巧みに織り交ぜた、エンターテインメント的な作品。手に汗握る展開で、先が気になって、何時間も没頭し、一気に読み切ってしまった。

Amazonのブックレビューを見ていても、面白くて一気に読んだという感想が多い。「普段は本を読まないが、この本はすいすい読めた」という感想も複数あった。

いやはや、素晴らしい歴史小説だった。とても楽しませていただいた。

ご参考になれば幸いです!

なお、以前私の読書録でご紹介した『のぼうの城』も、この『塞王の楯』と同様、城攻めをテーマとしたとても面白い歴史小説でした。是非、併せてお楽しみください。

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