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【褒め言葉】


「唯一の欠点は、飲んだら無くなってしまう事ですね。」

そんな「褒め言葉」を言って頂いたことがある。

言い得て妙。

褒めて頂いているのに、思わずクスッと笑って「確かに!」と相槌をうってしまう。



まだ、カウンター越しにパーテーションをしたり、お互いマスクを付けたりしなくて良かった時代の話だ。



「世界一」とか「最高にうまい」は、味の世界では、少し曖昧な表現で、言われたら当然嬉しいものの、絶対的な客観性に少し欠けている。




もちろん主観で評価して頂けたら幸いなのが、世の中の「好き、嫌い」。



褒めるも、貶すも、その人次第。



ただ、どんなに素晴らしい評価をされていても、そこに辿り着かなければ、それは味わえない。



その時、お客様と私の間にあったのは、古今東西どこでも飲まれてきた「ジントニック」だ。



ただし、この場所、今この時間にある、この唯一無二の一杯は、一口ごとに無くなってゆく。



揺らぐことの無い事実だ。




【聖橋横】

この5年間に何度か、お茶の水の病院に行く事があった。



電車の乗り継ぎが、あまり得意でない私にとっては、ちょっとした小旅行だ。



この日も霞ヶ関で乗り換えのところ、気付いたら東銀座に来ていて、3駅戻り乗り換えをすると、先程通った銀座にまた戻る。



そんな時、「いいんだ、いいんだ。旅は効率重視ではない。と言い聞かせる。」





お茶の水駅を出てもまた、病院と逆方向にしばらく進んでいて、家で調べた地図の雰囲気から、だんだん遠ざかっている気がして、立ち止まる。



しかし、幸運にも、聖橋をくぐった先に、驚きの光景を見る。



地下鉄丸の内線がトンネルから地上に現れて橋を渡り、その上のお茶の水駅にも電車が到着。



さらに向こうのアーチのある橋を進んで、また別の路線からこちらに向かってくる。



「最高のリアルプラレール!」

なんと理不尽な「褒め言葉」。



「それは、結果的に出来た立体路線が、剥き出しになって目視できる場所。向こうにはビル群。緑のアーチ型の古い橋。少し傾斜のある駅舎。

時代が重なり、一生懸命に離れようとしているのに、無理矢理文明の力によって融合されたかの様な、止まったあの時の時間と、今まさに動く時間が少し捻れて絡まり合う場所。」



ただただ長い「褒め言葉」。



私はこれを「自分東京百景」の一つ「聖橋横」と名づける。まるで昔からあるバス停の名前の様に。



偶然、辿り着いて出逢えた場所。




【ご褒美】



「褒める」の一文字は、

すそのふくらんだ衣の意。



「保」が「衣」に包まれて、少し膨らむ。

なんだか天ぷらを連想してしまう。



「衣」に包まれている「保」は、丁寧に仕事がなされ、収穫より旨さが保たれた、旬の野菜、魚、海老。



お茶の水の小高い丘の上の、とあるホテルに、「天ぷら」の名店がある。



病院への小旅行を経た先の「ご褒美」に私はここに立ち寄る事にしている。



今回の目当ては「季節のかき揚げ丼」。

蓮根、銀杏、海老と書いてある。





実は5年ほど前に、いわゆる「上天丼」を頼んだ際、横で揚がっている、かき揚げが目に入り、ずっと気になっていたのだ。



もちろん「上天丼」もまた、とんでもなく素晴らしくて、ひと口ごとに食材から溢れる香り高さに驚いたものだ。



それゆえに、妄想が膨らみ、その店のかき揚げへの期待はたかまり、さらに輪をかけて、1ヶ月ほど前に来た際、満席で入れなかった悔しさも加わっていた。



まずお椀から頂く。

「うまい。」

赤だしのしじみの味噌汁だ。



そして、香の物。

「うまい。」

きゅうり、大根、葉物の浅漬けか。



恐る恐る、かき揚げに橋を入れる。

本当にシンプルに、蓮根、銀杏、海老。



まずは銀杏。

「うまい。」

お酒が欲しくなる。



そして、蓮根と海老を一緒に。

「うまい。」

海老の香り。ぷりぷりの歯ごたえ。

海老のために計算された火加減か。



そして、蓮根の食感。

「うまい。」

サクサク、サクサク、サクサクと、

この食感。海老の為の火入れかと思いきや、この為でもあったのか。

この中毒性のある食感。



混ざり合う食材の為に切られた大きさ。

絶妙な火入れ。香り。お米に合うタレ。



「やめられない。。」



年月を感じさせない清潔に整えられたカウンターで、しかし雰囲気を壊さない様に、しつらえられた木の扉に覆われた冷蔵庫。まるで昔ながらの木箱からネタが出てくる様。



そして、脈々と引き継がれてきた技。



目の前で、まるで生きている様にパチパチと音を立てて食材達が揚ってくる。



見ているだけで、目が喜び、口に運ぶと脳が喜ぶ。



これぞ、まさに「ご褒美」。



「季節のかき揚げ丼」は、最高の「褒め言葉」が物語る様に、どんどん器から無くなって行った。

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