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BUMPの新曲が聴けない私は、ファンと名乗って良いのかな

「僕らの音楽は、聞いた瞬間から、ずっと君たちの傍に居るから。ここ、ここ、ここにいるから。絶対に君たちを、一人にしないから。自信があるんだ。そういう音楽を作っているから。だから、離れていても大丈夫。」

2019年7月13日、メットライフドーム。BUMP OF CHICKENのライブツアー「aurora ark」で、ボーカル藤原さんが一番最後に話した言葉。心臓の辺りをくしゃっと掴みながら、普段のツアーより長く、丁寧にひたむきに訴えたメッセージ。
今も忘れずに覚えている。  

この言葉に、嘘がないことはよく分かっている。
本当に、彼らの音楽ってその通りなのだ。

ray。GO。sailing day。真っ赤な空を見ただろうか。車輪の唄に天体観測。ライブで楽しいStage of the groundやwhite noteも。明るい曲調ももちろん大好き。
けれど、BUMPのすごいところは、聞く人たった一人分の脆いところに寄り添ってくれるところだと思う。さらっと、恩着せがましくなく肯定して、それじゃあ元気でと去って行く。……伝わるだろうか。最近の曲だと、「話がしたいよ」はその象徴だと思ってる。

きっと、たぶん、分かってくれる人は多い。

思春期、部屋に一人、襲いかかる孤独感に潰されそうな夜。ウォークマン握りしめて選ぶ曲は、いつだってBUMPの曲だった。

受験シーズン、成績が思わしくなくて途方に暮れたときも、
上京する新幹線の中、寂しさを紛らわせ自分を鼓舞する時も、
これから先を虚しく想像して自分勝手に叫びたくなった日も、
少し大人になって、永遠のさよならをした友への想いのすぐ傍に居てくれた曲も。
私に「創作の喜び」を与えてくれた曲も。

BUMPの曲がずっと私の傍に居た。
BUMPの曲に出会って八年。二十年以上続くバンドの歴史からしたら決して長くないが、私の人生でしか織り成せない関係を、それぞれの曲と築いてきた。
だから、ライブでどんな末端の席でも、泣けてきちゃうんだ。

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