見出し画像

初対面の駅員さんとおばさまにモヤってしまった話:おむつ替えの旅

少し前、家族4人(夫、長男4歳、次男0歳、私)でランチを食べに出かけたときのこと。

お気に入りの行きつけのお店に、電車に乗って行きました。都心にあるお店なので、近くにデパートなどもあり、いざとなったら授乳室やおむつ替え可能なトイレとかも探せるところです。

子連れでちょっと大変だけど行きたい!と思えるくらいのお気に入りのお店なんです。

いつもは、そこでランチしてから近くのカフェでお茶をしてから帰るというのがルーティーンになっています。時間帯的に、ちょうど0歳にミルクをあげる時間と重なるので、電車に乗って帰る前にカフェであげちゃおう、となるのです。

ここは席も広く、ジュースとかもあるので子供がいても安心して楽しめるお気に入りのカフェです。

でもこの日は、改装工事をしていて入れませんでした。

そして時間帯的にもカフェが混んでいるとき。0歳はベビーカーだったので簡単にフラッと入れる雰囲気のカフェが近くに空いておらずでした。

ただ、ちょうどこの日、新橋にあるSL広場で4歳にSLを見せてあげたいね、という話もしていたので、まだ0歳のお腹も少し持ちそうだし、とりあえず移動してからカフェを探そう、ということになりました。

ちょっぴり勇気の要る子連れオフィス街

新橋と言えば「オフィス街」。周りには、子連れフレンドリーな商業施設的なものはあまりないのですが、持ち前の「まあ何とかなるだろう」精神で飛び込みました。

何とか駅構内でカフェを見つけ、まずは0歳にミルクをあげる。日本人だと普通のお店でミルクをあげることをためらう人が多いと聞きましたが、生命維持のためなんだもん、別に周りに迷惑をかけるわけでもないし、堂々とあげていればいい。これが私の考えです。

子連れがはばかられるような雰囲気のお店とかにはもちろん入りませんが、周りに迷惑が掛からないと判断した場合は、必要であればお店の人に一言伝えてからミルクをあげたり離乳食をあげたりする分には何の問題もないと思っています。

そんなマインドの私なので、ちょっと勇気が要ると思っていた子連れでのオフィス街も、案外スムーズにクリアできそうだと思っていました。

おむつ替えシート付きトイレ探しの旅

0歳のオムツがパンパンだったので、替えてから帰りたいと思い、夫と長男をカフェに残し、おむつ替え可能なトイレを探す度に出ます。

夫が「JRの改札内におむつ替えシート付きトイレがあるって書いてあったよ」と直前にリサーチしてくれていたので、駅員さんにお願いして電車乗る予定ないけど改札内に入らせてもらおう、子どものオムツちゃちゃっと替えるだけだし許してくれるでしょ、と思いました。

……甘かった。

完全に考えが甘かったんです。

ちなみに、自宅へ帰るのに使う路線はJRではなく、地下鉄だったのでJRの電車は使いません。

私「すみません、子どものオムツを替えたいんですけど、改札内のお手洗
  をお借りしてもよろしいでしょうか…?(めっちゃ丁寧さを意識)」
駅員「電車はご利用ですか?」
私「いえ、使わないのですが」
駅員「では、入場料をお支払いください」
私「…えっと…どうしてもオムツを替えたいのですが…」
駅員「電車に乗らない場合は改札内に入る際には入場券が必要となります」
私「」

このもどかしさ、伝わりますかね??

子連れで困っているとか関係なく、ルールなのでの一点張りの駅員さん。そしておむつ替えごときで入場料なぞ払いたくない私。

おむつ替えが有料なんて聞いてないぞ?

日本だと「子連れだからって優遇されると思うなよ」みたいな変な風当たりの強さがあってすごく窮屈ですが、海外だったら子供は宝なんだからみんなで助けてあげよう、そして少なからず優遇してあげよう、という文化があります。

その海外の子連れへの寛容さを、子どもができる前にフランス留学や海外旅行で目の当たりにした私にとって、この現代の日本特有の文化は本当に息が詰まる。

この日も、ルール第一、ここで子連れだからと許したら不平等になる、みたいな日本人の変な頑なさと出会いました。

そして旅は続く

お金を払ってまでおむつを替えるのはおかしい!と少し苛立ちを覚えていた私は、旅を続けることにしました。

振り返ってみると、まあ多少パンパンでも我慢してもらって帰りがけに地下鉄の駅で見つけたら替えるのでも良かったのではと思います。むしろ、持ちこたえてくれるのであればあと30分、家に帰るまでそのままでも良かったかも、とも。

ですがもうすでに少し冷静さを失っていたので、なぜか「何としてでも今おむつを替えなくては」という謎マインドに陥っていました。

駅構内を抜けると小さめの商業ビル的なものがあったので、とりあえずそこのトイレを当たってみようと、旅をつづけました。

諦めと強引さ

ちょうどビルの1階にトイレを発見。だがしかし、古めのビルだったこともあったのか、おむつ替えシートがない。

もういい、ベビーカーに乗せたまま替えてやる。

駅員さんとの一件と、歩き回ったことに疲れていた、今替えないといけないマインドから抜け出せずにいた私は、強引にもベビーカーに乗せたまま替える決心をしました。

このやり方は、長男の時にも何度かやったことがあって、どうしてもというときの最終手段として取っておいたおむつ替えの手法です。

そして替え始めてから思い出します。

次男はおむつ替えが嫌いだったと。

長男は替えやすかったのですが、次男は縛り付けられるのが嫌いなので家でも追いかけまわしたり押さえつけてギャン泣きされながら替えています。

御多分に漏れず、ベビーカー上でもギャン泣き。

入り口の横のちょっと隠れるスペースで替えていたのですが、狭いトイレだったのでトイレ中に響き渡る息子の雄叫び。

みなさんごめんなさいと思いながらも、始めたものは最後までやらないと、と何とかおむつ替えは完了。

問題のおばさま登場

完了しても止まない息子の雄叫び。でも私にはもう一つだけやりたいことがありました。何を隠そう、私がトイレに行きたかったのです。

個室内に子供を座らせておける椅子がないトイレだったので(よりによって子連れフレンドリーじゃなさすぎるトイレを選んでしまった…)仕方なく息子を乗せたベビーカーを個室のすぐ外に置いたまま、マッハでトイレを済ませます。

そのたった1分足らずの間に、問題のおばさまが登場。
よりによって(2回目…)この何とも素晴らしいタイミングに…

先に言っておくと、おばさまに悪気はないのです。だってたまたまトイレに入ったらベビーカーに放置された赤子がギャン泣きしているんですから。心配になって当然です。

でも、私がトイレに入っている間、「あら~!どうしたの~!かわいそうに~!!」という声を聞いて、面倒なことにならないうちに急いで立ち去ろう、とおばさまが個室に入っている間にここから脱出しようと決めます。

手を洗っていると、個室から出てきたおばさまに遭遇(トイレ早くないか?←人のこと言えない)

その間も泣き続ける赤子を前に、「お腹がすいたのかな?」と話しかけられます。

「いえ、さっきあげたばかりなんです」

苛立ちを極力出さないように精一杯ていねいに否定します。

すると今度は「じゃあ、オムツ替えてほしいのかな?」
(だからそれで手こずったあとだから泣いてるのよ)

「いえ、それも(以下略)」

そして究極のお節介発言が。
「あのね、泣いてるときは、ちょっと抱っこしてあげると泣き止むのよ」

(何を根拠に言ってるんだろう?それに今までの私の状況でちょっと抱っこできる瞬間あった??)

「(引きつった笑顔で)そうですね~)」

その後も何か言われた気がするのですが、シャットアウトモードに入ってしまったのでよく覚えていません。

(こういう人がお嫁さんに嫌われるのかな…)
などと勝手に想像しておりました。

状況をわかっていない状態でのアドバイスは逆効果

ここまでつらつらと書き続けてしまいましたが、もうお分かりの通り、突然登場したおばさまは状況も泣いている背景も全く分かっていません。このような状態での言葉の受け手は、自分のものさしで、ただ言いたいから言っているという感じにしか捉えることができません。

たしかに、ギャン泣きしているのに泣き止ませる努力をしなかった私にも落ち度はあるかもしれません。でも本音を言わせてもらえば、どうして子供の泣き声をあたかも許してもらえないかのような環境に日本はなってしまったのでしょうか?

この体験から、状況をわかっていない状態でのアドバイスは何も響かないどころか、相手の気分を害する可能性があることを改めて身に染みて感じました。

おばさま、ありがとう。私の反面教師になってくれて。

20年後、もし同じような状況になっているママさんを見かけたら「気にしないで泣かせちゃっていいのよ、子どもは国の宝なんだから!いつもお疲れ様です^^」と声をかけてあげたいものです。

sayu


この記事が参加している募集

子どもに教えられたこと

お読みいただきありがとうございます!近い将来、sayuの育児エッセイを出版したいと考えています。サポートしていただけると大変励みになります!!今後ともよろしくお願い致します♡