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マシュマロのお返事:キルケゴールの仮名著者沼に浸かろう!!!!

こんにちは、宇治かばねです。マロにかこつけてnote書くの楽しいな~またイイ感じの話題こないかな~~と思っていたら、爆速で最高の質問が来たので答えます

こちらが、いただいたお便りです。

かばねさん、初めまして。 元々哲学ふんわり興味あるなーと気になっていた死に至る病に手を付けたところ、頭から著者ペンネーム問題の訳註でキルケゴール好きだ!?なにこれ!?!?!!??(同一人物とか同じ顔とかそういう概念が好きなオタクなので)となった者です。フォロワーさんからデンケンをお教えいただき拝読し、絵柄も好みで一気にファンになりました!素敵な哲学者マンガをありがとうございます、テツケンも購入、拝読させていただいております。私は現在学部一年生でこのまま突き進むと実存主義で研究していくぞいえ~~い!になりそうです……蛇足ですが実存主義の有名な方たちの主張で一番肌にあったのはサルトルでした。 たいへん恥ずかしいマシュマロなのですがキルケゴールの偽名たちの関係性などを扱っている論文・書籍等でおススメのものはございますでしょうか? これからも執筆応援しております | マシュマロ 匿名のメッセージを受け付けています。 marshmallow-qa.com

かばねさん、初めまして。 元々哲学ふんわり興味あるなーと気になっていた死に至る病に手を付けたところ、頭から著者ペンネーム問題の訳註でキルケゴール好きだ!?なにこれ!?!?!!??(同一人物とか同じ顔とかそういう概念が好きなオタクなので)となった者です。フォロワーさんからデンケンをお教えいただき拝読し、絵柄も好みで一気にファンになりました!素敵な哲学者マンガをありがとうございます、テツケンも購入、拝読させていただいております。私は現在学部一年生でこのまま突き進むと実存主義で研究していくぞいえ~~い!になりそうです……蛇足ですが実存主義の有名な方たちの主張で一番肌にあったのはサルトルでした。

たいへん恥ずかしいマシュマロなのですがキルケゴールの偽名たちの関係性などを扱っている論文・書籍等でおススメのものはございますでしょうか? これからも執筆応援しております。

https://marshmallow-qa.com/messages/2d48292e-f306-4952-b410-9667d1ce2903


フゥーーーーーーーーーー………………


よくぞ……聞いてくれた…………!!!!!!



私はね!!!!ずっとね!!!待っていたんだよ!!!!オタクがキルケゴールの仮名著者にハマるのをねえ!!!!!!同一人物の概念好きか!?!私も大好きだ!!!!だからキルケゴールを推しているんだぜ!!!!!安心してくれ、キルケゴールの著作はほぼ全部自分×自分で構成されているから同一人物の概念の宝庫だよ!!!!!!サルトルは私にわかだけど、鏡概念とかあるからいいよね!!!!!!!

ありがとう!!!死に至る病を読んでありがとう!!!そして私にマロをくれてありがとう!!!デンケン紹介してくれたフォロワーさんもサンキュ!!!ヒュ~~~~~~~~~~~~!!!!

【初見向けTips】
キルケゴールは仮名(ペンネーム)を使って執筆活動をしているうえに、仮名著者たちをそれぞれキャラ付けして自分とは違う独立した個人として扱っているよ!ややこしい!でもそこが面白い!


いやあ~~~~オタク限界集落にお客様が来たので大はしゃぎしてしまいましたね。長年哲学沼にいるといいこともあるものだ。ありがとう。最高のおもてなしをさせていただく。私はルケゴの仮名著者好きすぎて若干論文も書いたオタクだ。最速で仮名著者沼に浸かれる情報を提供しましょう。


1.キルケゴール著作:結局公式が最大手ってコト

論文や書籍をお探しとのことでしたが、やっぱり「関係」は公式から吸うに限ります。ありがたいことに、キルケゴールはちょいちょい、仮名著者のキャラクターや関係性、「仮名で書く」という著作スタイルについて説明してくれているので、該当箇所を紹介します。読んで!!!!!!!

▼仮名著者の性格や関係性について

哲学的断片への結びとしての非学問的あとがき
第二章付録 デンマークの文壇において行われつつある一つの同時代的営みへの着目(白水社著作集8巻p.123-)
キルケゴールが「ヨハネス・クリマクス」という仮名を使って、それまでに出版した全著作をレビューする箇所です。以前もちらっと紹介しましたが、「セーレン・キルケゴール」名義で出した本についても、あたかも他人が書いたもののように「自分が考えていたのと同じことが書いてあって驚いた!」とかしらばっくれてて「めんどくせえな……(訳:好き!!!)」となります。オススメです。一応レビューではあるので、それぞれの著作がどういう本なのかほんのりわかるという点でも、チラ見する価値ありかと思います!

『人生行路の諸段階』(白水社著作集12-13巻)
キルケゴールの仮名著者が大集合して恋愛や結婚について語り合う本。『あれかこれか』の編集者であるヴィクトル・エレミタ、誘惑者ヨハンネス、判事ヴィルヘルム、そして『反復』のコンスタンティンと青年などが登場し、著作の垣根を越えて一緒に飲み会しているという、オタク大歓喜仕様です。実質、キルケゴール版大乱闘スマッシュブラザーズと言っても過言ではありません。
内容は『あれかこれか』のパワーアップ版という感じ。結婚なんて興味ないね俺は美に生きるぜという独身者たちが、プラトンの『饗宴』よろしく、お酒を飲みながら愛について語り合う「酒中に真あり」。その飲み会に参加していないはずの判事ヴィルヘルムが、なぜか的確に飲み会参加者たちの意見を論破していく「結婚についての諸相」。キルケゴールの婚約破棄事件が一番真実に近い形でつづられていると噂の「汝、責めありや―責めなしや?」の三部構成となっています。私は仮名著者がたくさん出てくる「酒中に真あり」が好きです。読んでほしい。若い人(青年)くんのキャラデザがめちゃかわなので。

『ヨハネス・クリマクス、あるいはすべてのものが疑われなければならぬ』(キルケゴールの講話・遺稿集8巻)
『哲学的断片』と『あとがき』の仮名著者であるヨハネス・クリマクスのキャラを掘り下げた未完の短編です。ヨハクリは信仰者の立場からではなく、哲学よりの立場からキリスト教とは何かを考える仮名著者ですが、『ヨハネス・クリマクス、あるいは(略)』では彼の哲学や懐疑に対するスタンスが細かく描写されています。実は途中までしか読んでいないのですが、「お父さんがソクラテスみたいに客人を論破していく姿がかっこよくてあこがれた」とか「哲学勉強しようとしたけど知らん人の話ばっかりで萎えた」とか人間味のあるエピソードが盛り込まれていてかわよいです。

Papers and Journals: A Selection
仮名の関係性とか出版裏事情とかはキルケゴールの日誌にちょこちょこ描かれているのですが、日本語訳が出ていないのでアクセスしづらいのが難点。一応SKSのサイトから全文デンマーク語で読むことができるので、気になる仮名を検索画面(Søgってかかれてるとこ)に入れて、出てきた文章をDeepL翻訳にかけるとほんのりニュアンスだけ掴むこともできます。

一番とっつきやすいのは、英訳のペーパーバックです。全部載っているわけではないですが、お値段も手ごろですし、有名なところ(p.394)はしっかり入っているので日誌入門にいかがでしょうか。私はこれをめくりながらアンチ=クリマクスに関する記述を探しては喜んでいます。p.348には「クリマクスとアンチ=クリマクス 弁証法的発見」という題のアンチ=クリマクスによるSSが載っているんですが、二人の対照的な性格が深堀されていて対比好きに沁みるんですよね~~~~~!!!興味あればぜひ読んでみてください。


▼仮名での著作活動について

『哲学的断片への結びとしての非学問的あとがき』
付言 最初で最後の言明
(白水社著作集 9巻 p.400)
キルケゴールが『あれかこれか(1843)』から『あとがき(1846)』までの仮名著作活動について初めて公に説明した箇所です。キルケゴールが仮名著者をどう扱っているのか、本名と仮名の関係はどのようになっているのかが端的にわかるので、キルケゴールの仮名について言及する時に絶対に引用されます。キルケゴール仮名沼に浸かるなら必ずチェックしておきたいパートですね。ちなみに、以下のようなことを言っています。

したがって書かれたものは、私のものではあるが、それは創作しつつある詩的・現実的個人の人生観を、(…)彼の口に入れたという限りにおいてである。(…)すなわち、私は、人物として正面に出ずに、あるいは人物として現れた場合でも第三人称で、作家がやるように著者たちを創り出した後見役でしかないのであって、その助言も、その名前すらもまたつくりものなのである。このようにして、仮名著者のなかには私自身の言葉と言うべきものは一語もないのである。

『哲学的断片への結びとしての非学問的あとがき』
白水社著作集9巻p.401

キルケゴールはここで、仮名で執筆されたものは仮名著者のもので自分のものではないと言い切っているんですね。そうなると、研究者的にはそれぞれの著作をどう扱っていいかかなり迷うわけで、国内外でちょいちょい「キルケゴールの仮名著作をキルケゴールの思想にカウントしていいのか?」問題が勃発しています。仮名に関する二次文献は、この問題を扱っているものがほとんどですね。
こうした事情もあり、研究者内では一応、仮名著作の場合は「キルケゴールは●●と言っている」ではなく「アンチ=クリマクスは●●と言っている」というように仮名を主語にするのが慣例になっています。ややこしいね。


『わが著作活動の視点』(白水社著作集18巻)
キルケゴールが著作活動の全貌について説明した本です。キリスト教とは何かを明らかにし、人々に覚醒を促すために、仮名著作がどのような役割を果たしているかがわかります。
どうやら、コルサール事件(※新聞に晒されてルケゴが町中の笑いものになった事件)をきっかけに、自分がどういう意図で著作活動をやっているのかを説明しようとして書いたみたいなんですが、自分のことをつまびらかに話すのにめっちゃくちゃな抵抗があったみたいで、悩みに悩んで結局生前には出版されず、死後に兄が出版したそうです。

2.二次文献:仮名問題は面白いよ

さきにみたように、キルケゴールは「仮名著作の著者は自分ではないから、そこに書いてあるのは自分の思想ではない」と語っています。それが単に言うてるだけのキャラ設定にすぎないなら問題はなかったのですが、「間接伝達」というキルケゴール流の伝達方式と深く関りがあるなど、「仮名で書く」という著作スタイルの中にもキルケゴールの思想がしみ込んでいるのです。これはキルケゴールの面白さであると同時に、研究者にとっては扱いの難しい問題で、いろいろ論文が出ています。

オタク的な面白さに直結するかはわかりませんが、キルケゴールの魅力(ルビ:めんどくささ)を知ることができるので、興味があれば読んでみるのもよいかと。以下、私が知っている範囲で、よさげなものをピックアップします。

▼各仮名著者に関する論考

Kierkegaard Research: Sources, Reception and Resources
Volume 17: Kierkegaard's Pseudonyms
これは私が「キルケゴール大辞典」と呼んでいるシリーズ・Kierkegaard Research: Sources, Reception and Resourcesの仮名著者の巻です。各仮名著者について網羅的に解説されており、参考資料リストも充実しているので、論文目録としても使えます。ふつうの論文ではまず取り上げられることのないマイナーな仮名著者まで、個別に取り上げられているのでオタクにやさしいです。君もお気に入りの仮名著者を探そう!!

Kindle版が比較的安く手に入るとはいえ、実費で買うと結構高いので、大学図書館の他大書籍取り寄せサービスを利用して読むのがおすすめです。なお、私はアニメのDVD買うのと同じだと思って買いました。

この「キルケゴール大辞典」シリーズはほかにも、キルケゴールが扱っている概念や、キルケゴールの同時代人、実存主義者たち、キルケゴールが扱っている古典文学のキャラクターなど、さまざまな観点から研究ソースがまとめられているので研究者必携の書です。困ったらこれを開くといいと思います。私はまだちょこっとしか持っていないので、じわじわ揃えたいところです。


▼仮名著作をどう解釈するか問題

生けるキルケゴール
これはキルケゴール生誕150年を記念して、ハイデガーやヤスパース、サルトルなどの実存主義を代表する哲学者が集まって講演会を行った時の討議集です。実存マンのみんながキルケゴールのことをどんなふうに捉えているかがさくっと分かるので、哲学者同士の関係性を追うのに役立つ一冊です。

ヤスパースがキルケゴールの仮名問題について言及し、「仮名著作はキルケゴールの本として読むべきではない」「そもそもキルケゴールを”研究”しようとする態度そのものがキルケゴールの思想に反する」とか、研究者の在り方を問い直すようなことをいろいろ言っているので、仮名著作の何が問題なのかが端的に分かると思います。

こういう……こういう問題があるから……ルケゴは研究対象としてやっかいなんだよ…………アカデミックの伝統にそのままのっかって哲学することをゆるしてくれない…………コノッ……!!でも、そういうとこが好き…………………………(限界オタク)

キルケゴール解釈の問題
キルケゴール研究史における方法論について―「実存弁証法」の再考―
キルケゴールをめぐる研究方法の問題:日本における方法論争から
ヤスパースが言っているような問題に関する論文たちです。「キルケゴールをめぐる~」が一番新しく、キルケゴールの研究方法をめぐる問題について日本でどのような論争が行われてきたか、綺麗にまとめられているので、アカデミックバトルに興味がある人は一読の価値ありと思います。平林さんの論文はいつもめちゃ整理されていて参考になるものばかりだよ。オススメ。


フウ……これだけ情報を出せば不自由ないでしょう……!!
初学者にはアクセスしにくい本が多いのですが、マロ主さんは大学一年生とのことなので、ぜひ大学図書館の文献取り寄せサービスや文献複写サービスを利用して手に入れてみてください。大学図書館、わりと隠れた有能サービスがあるので調べて使い倒すのが吉ですよ!!

あと、仮名著者たちの簡単な紹介としては、私もはるか昔に『素晴らしきアンチクリマックス4巻』の付録で書いたことがあります。PDFデータはちょっと文字が読みにくいのでアレなのですが、興味あればどうぞ。


というわけで、質問ありがとうございました!!いや~~~長年哲学のオタクをやっていると、キルケゴールの仮名に興味を持って私に質問してくれる人も現れるものなのだねえ。毎年新しく高校生や大学生が哲学・倫理村を通過するという事実、デカいな……。義務教育の受喫と高等教育の自由を利用して、哲学解釈沼にオタクを引きずり込んでいきたいぜ……ヒヒヒ……。


そんな感じで、私にキルケゴールの話を振ると長文のnoteが生えることがあります。デンケン・テツケンの感想や、哲学解釈沼の話など、なにかあればお気軽にマロに投げてみてください。私は喜びます。これからもよろしくお願いします!



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