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『まえがき』/瀬戸夏子『はつなつみずうみ分光器 after 2000 現代短歌クロニクル』より

 短歌を読んでみたいという人が増えてきている、らしい。ひとりの作者の短歌がまとまって掲載されている本を歌集という。歌集を買ってみたい、いろいろ読んでみたい。けれどどこから手をつけたらいいのかわからない。この本はそんな人に向けたブックガイドとして企画された。とはいえ、約二十年分の話(この本が取り扱っ ている歌集は二〇〇〇年から二〇二〇年のあいだに出版されたものが対象)となると、そのあいだどんなことが短歌の世界で起こったのかも含めて書かなければ内容があまりにうすっぺらくなってしまう。なので折々の出来事もなぞりつつ書いていったら「ここ二十年の短歌の流れ」の話にもなったのでタイトルは「現代短歌ブックガイド」 ではなく「現代短歌クロニクル」となった。二十一世紀の短歌の世界のトピックや流行をざっと知りたいという人も読んでもらえたらと思う(完璧にとはいえないけれどざっくりとした流れはつかめるように書いたつもりだ)。また短歌を「読む」という行為から短歌を「詠む(=つくる)」という行為への距離はものすごく近い。たぶんこれから短歌や歌集を読んだ人たちのかなりの割合が「詠む」こともはじめるのではないかと思う。そのときに役立つであろうことも書いた。
 この本は二〇一五年に左右社から刊行された『桜前線開架宣言Born after 1970 現代短歌日本代表』の姉妹本だが、どちらも未読という方はこちらを先に読んでもらってもいいかなと思っている。『桜前線開架宣言』の帯文は「穂村弘以降」だが、 この本は穂村弘から「桜前線」、そして「桜前線」以降の世代もカバーしているので、この本を読んで好きな歌人が『桜前線開架宣言』に収録されていたら集中して読んでみるという使い方もいいんじゃないかと思う(『桜前線』はアンソロジーなので歌がなんと二千首以上載っており濃くてヘビーでお得)。ちなみにこれを書いている筆者=わたしはいったい何者なのかという話だが、筆者=瀬戸夏子も『桜前線開架宣言』に収録されているので気になる方はそちらを読んでいただけたら。
 何事をはじめるにも、スターターキットの存在というのは重要だ。『桜前線開架 宣言』はもちろん、東直子・佐藤弓生・千葉聡による『短歌タイムカプセル』(若手歌人も収録されたアンソロジー、書肆侃侃房)や木下龍也『天才による凡人のための短歌教室』(タイトルの印象よりずっと親切で丁寧で為になる入門書、ナナロク社)など新しいものが増えてきているし、左右社も歌集をどんどん出版しはじめている。そのなかのひとつとして本書をとらえていただけたらと思う。
 わたしの短歌スターターキットは、穂村弘『短歌という爆弾 今すぐ歌人になりたいあなたのために』(小学館)と枡野浩一『かんたん短歌の作り方(マスノ短歌教を信じますの?)』(筑摩書房)の二冊で、なんと両方とも刊行が二〇〇〇年だった。あのとき、穂村弘と枡野浩一が果たした役割を、二〇二一年のいま果たしたいとわたしは望んでいる。


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