#21 テラピア−そんなこんなで、アフリカからアジアに来た魚
ベトナム語でテラピアをカー・ゾ・フィーとよぶ。だいたいスズキのなかまの魚がカー・ゾだから、訳せばアフリカスズキ。
「アフリカだなんて、ヘンな名前!」
はじめそう思ったが、アフリカ原産だと知って納得した。
実はテラピアは日本の河川にもいる。戦後の食糧難の時期に移植されたのだ。温泉水が流れ込む河川にその残党が自然繁殖していることがある。子どものころ、というのは40年も昔だが、九州の温泉地、別府で河口にウナギ釣りに行って大きなテラピアを釣り上げたことがある。塩焼きにして食べると、臭みはなく白身でおいしかった。
テラピアはタイ国にも移植された。その事業の主役は日本の皇室だ。
魚類学者でもあった平成天皇が皇太子だった約半世紀前、タイ国民のタンパク質不足に胸をいためていたタイ国王に、おともだちのよしみで稚魚50匹を贈った。養殖に成功し、またたく間にテラピアはタイ国内に広がり、まもなくメコン河流域の各国にまで広まった。
クロダイかと見まがう30センチ以上ある太ったテラピアの身に塩を塗り、炭火で炙って売る店や屋台を、タイやラオスではメコンやチャオプラヤ水系の町のあちこちで見ることができる。その肉厚の白身をサカナに、地元の人たちがビールをあおっている。
テラピアはベトナムにも広まった。ヤバいと思ったら稚魚たちが親の口の中に逃げこむ習性の強みもあってか、他の小魚や昆虫を食いまくり、ベトナム中の河川、湖沼、水路に野生化して広まった。「北」の農村の水路で網をもって魚やエビを追っている人のビクのなかをのぞくと、たいがい小さいテラピアが入っている。
市場でも、使いこなされたでこぼこの銀ダライにそういう小さいのがたくさん盛られて売られている。それほどポピュラーな魚だ。小さくても、骨がカリカリになるまで揚げてご飯のおかずにするとおいしい。
2017年にイエンバイにあるタックバー湖畔のザオの村に泊まった朝、手製の竹竿と仕掛けで釣りをしている幼い姉弟がいた。エサばかりとられていてめったに釣れていない。
「どれどれ、漁業大国日本からきた名人の技というものを見せてやろうじゃないの」と、腕をまくり子どもの釣り竿を手にした。
だがハリを見て絶句した。5センチ以上はある釘をひん曲げただけ。そんな代物で10センチばかりのテラピアを釣ろうというのだ。
結果、オジさんは恥をかいた。わたしが子どもの頃からよく知っている釣りキチの三平さんなら、ちゃんと名人芸を見せてくれたのだろうか。
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