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福太郎一代記

【第48話】「海道一の親分」として明治初期に名をはせた侠客、清水次郎長。その養子であった禅僧・天田愚庵による名作『東海遊侠伝』が、町田版痛快コメディ(ときどきBL)として、現代に蘇る!! 月一回更新。
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 白い長羽織を着た男の恐るべき人体実験により身体が膨らみ、恐るべき膂力を備えた福太郎は、しかしその経過が他の者と違う経過を辿ったため、これを訝った男は福太郎を生きたまま腑分けして調べると言い出した。
 福太郎は目隠しをされ、太い牛革バンドで寝台に括り付けられた。次にいつもの黒ン坊が、なにか言いながら福太郎の口に何かを流し込んだ。その味が、福太郎たちが日に二回、服まされていた幻覚麻痺剤に似ていた。この時点で福太郎は、これから自分の身になにが起きるのかを知らなかったが、「これを飲んで麻痺したら不味いことになる」というのは分かったので、飲む振りをして半ば以上を、ダラダラこぼした。だが黒ン坊はよそ見をしていてこれに気がつかず、ペタペタという跫音とともに去って行った。
 それと入れ替わりに大声で何事かを議論しながら白い長羽織の男たちが入ってきた。男たちは福太郎の寝台を取り囲み、なお話をしていたが、やがて一人の男が傍らの台の上に置いてある小刀を無造作に取りあげると、これを、ぶすっ、と福太郎の腹に突き立てようとした。だが福太郎の筋肉は鋼鉄のように固く、刃が刺さらない。男が、アレ? アレ? と言ううち、とは言うものの、腹に違和感を感じた福太郎は起き上がろうとした。
 だがそれは叶わない。
 なんとなれば、福太郎の身体が太い牛革バンドで寝台に固定されていたからである。だけど。
 そう、福太郎の筋力は悪魔の薬物によって異常に増強されている。
 福太郎が軽く力を込めると、いやさ、普通に起き上がろうとしただけで、ベリベリベリ、と音を立てて革バンドが裂け、或いはまた、ベキベキベキベキ、と音を立てて、金属の固定ボルトが外れた。
 福太郎がそんな事をするとはまったく予想していなかった長羽織の男は慌てふためき、咄嗟に福太郎を取り押さえようとし、福太郎は本能的にその手を振り払った。
 福太郎としては肩に置かれた手を軽く振り払ったに過ぎない。
 しかし福太郎の力はど外れていた。
 長羽織の男の手首が砕け、男は絹を裂くような悲鳴を挙げ、他の男とともに部屋から逃げていった。
 寝台から降りて立ち上がった福太郎は目隠しを引きちぎりあたりを見た。船底の一室であるらしく窓はなかったが、正面に戸があった。福太郎が戸に向かって歩きかけると同時に槍や刺股を持った兵卒が入ってきて、南蛮語で何か言ったかと思うと、槍、刺股をかざして、福太郎に打ちかかってきた。
 ぶすっ。
 と、本来であれば槍で刺され、痛みに怯んだところを刺股で搦め取られ福太郎は制圧されるはずであった。ところが。右にもいうように福太郎の筋肉は鋼鉄。槍も刺さらず、兵卒が、アレ? アレ? というところ、福太郎は、これを軽く払いのけ、その結果、相手の首や腰骨をへし折りながら、なんのストレスも感じず、甲板に辿り着いた。
 久しぶりに浴びる陽光であった。
 福太郎はクラクラしながら舷側まで歩いて行き、彼方をみやった。天気は晴朗なれど波はやや高く、遠くに陸地が見えた。
 それに到ってようやっと追いついてきた兵卒が福太郎を取り囲んだ。そのなかの何名かは銃を構えており、いくら筋肉が堅くても銃で撃たれたらかなわない。ついに捕らえられるかと誰もが思うところ、福太郎は勾欄に手を掛け、これを無造作に破壊、海に飛び込んだ。
 これを見た兵卒が口々に叫んだ。
「飛び込んだぞ」
「どうしよう」
 これを聴いた将官と思しき軍人が言った。以下その遣り取り。

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