マガジンのカバー画像

男の愛/町田康

33
「海道一の親分」として明治初期に名をはせた侠客、清水次郎長。その養子であった禅僧・天田愚庵による名作『東海遊侠伝』が、町田版痛快コメディ(ときどきBL)として、現代に蘇る!! 月… もっと読む
運営しているクリエイター

#古典

大政の来歴・尾張からの手紙

 宗七が上州館林江戸屋虎五郎のところへ発って数日、次郞長は気が脱けたようにボンヤリして過…

左右社
5日前
8

男の貫禄・女の始末

 江尻の大熊の妹・蝶を嫁に貰ったことが次郞長に何を齎したのか。そりゃあ、いろんな事を齎し…

200
左右社
5か月前
9

結婚/町田康

 林の中で次郞長は八尾ヶ嶽に言った。 「俺と結婚してくんねぇか」  八尾ヶ嶽は戸惑った。な…

200
左右社
6か月前
6

鈍くさい駕籠/捕縛  町田康

【第50話】「海道一の親分」として明治初期に名をはせた侠客、清水次郎長。その養子であった禅…

200
左右社
7か月前
7

八尾ヶ嶽の栄光と挫折/町田康

【第49話】「海道一の親分」として明治初期に名をはせた侠客、清水次郎長。その養子であった禅…

200
左右社
8か月前
12

因縁/伊勢|町田康

 福太郎によく似た八尾ヶ嶽に三十両を恵んでやった次郞長、博奕場をふらりと出て、暫く歩いて…

200
左右社
11か月前
8

次郞長、八百ヶ嶽の窮境を救ふ/町田康

 恋の恨みで密告したコン吉を制裁して気が済んだ次郞長は三河を去り、気儘なやくざの旅に出て尾張の知多郡、大野村にやってきた。伊勢湾に面して活気に満ち、海運業も盛んな土地である。ということはどういうことか? そう、金と物と人が溢れているということである。ということはどういうことか? そう、娯楽に満ちあふれているということである。そして当時の娯楽と言えば? そう、演劇と売春と賭博である。  という訳で大野村に足を踏み入れた次郞長は、当たり前のように博奕場に直行した。  ここでも次郞

有料
200

やくざの制裁はとどめを刺さない/町田康

 一方その頃、弁五郎はと言うと、コン吉という百姓の家に隠れていた。村はずれの小さな百姓や…

200
左右社
1年前
10

地獄の年末年始

【第41話】「海道一の親分」として明治初期に名をはせた侠客、清水次郎長。その養子であった禅…

左右社
1年前
14

苦労して行ったけどすぐ飽きた関東/町田康

 弘化二年夏、次郞長たちは高萩の亀屋という宿屋に一泊した。翌朝、宿の女中が、 「二階のお…

200
左右社
1年前
12

ふたつの事実/町田康

バックナンバー▶https://note.com/sayusha/m/mb61e1acbd714  興津川の北岸、名代の大親分、…

200
左右社
1年前
15

次郎長、危機一髪/町田康

 次郞長は槍一条を携え、興津川にかかる橋の南詰にいた。対岸に篝火が燃え、川面が紅く染まっ…

200
左右社
1年前
4

死んでもやりたい大博奕/町田康

 弘化二年三月。殺したと思っていた佐平が生きていた。ならいっぺん清水へ帰ろうかな。そうだ…

200
左右社
1年前
3

​驚くべき人との出会い・治助の情愛/町田康

 遠州榛原郡川崎村に借金の取り立てに出掛け、行き違いから漁師たちに袋叩きに遭い、死にかけていたところ、たまたま通りがかった鯉市という男に助けられ、寺津に戻って腰を据えて傷を治すことにした次郞長、やくざが駕篭で旅するなんてなのは普通ないが、歩けないのだからしょうがない、駕篭を雇ってこれに乗り、天竜川の河畔までやって来た。  そうして土手の上から河原を望むと渡し場の辺りに五、六人の男がいるのが見えた。  それをみて次郞長は、おっ、と思った。なんとなれば、そのがやくざ者らしかったか

有料
200