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【その5 】最初の離婚と恋らしきもの

そしてその頃、友人に連れていかれた個展で、年下のアーティストの香りがする子に出会い、その軽やかさと私には持っていない感性や独創性、そして自由な場所に連れて行ってくれそうな雰囲気に惹かれ、まさかのあっという間に恋に落ちた。なんだか運命だと思った。(何回目?w)

家族にも全面的に好かれていた優しい夫との関係に半ば無理やり終止符を打ち、保険会社に転職し、懇意にしていた上司に経済的に助けてもらい、都内に部屋を借りた。年下の彼との毎日は刺激的で楽しく、ヨガの練習はあっという間にそっちのけになった。代官山にあった彼の部屋にいることも多く、彼との時間と仕事で毎日忙しかった。充実していた。夜中の海に突然連れて行ってくれたり、即興でピアノを弾き曲を作ったり、写真を撮る彼が素敵でかっこよくて可愛らしくて大好きだった。控えめにいって、夢中だった。
哲学的な話を夜通しできることも嬉しくて満たされていた。仕事も広告やマーケティングの部署に異動になり、キャリアアップしている風の自分が誇らしかった。

そんな充実している日々にどこか飽きを感じ始めていた頃、海外からやってきたヨガの先生の持っている「本物感」にググっと惹かれた。
先生が使う難しい英語も、力強く低い声も、「who am i? who are you?」と投げかけるその鋭い視線もその時の私には突き刺さった。私にヨガが足りなくなっていると感じた。

地方で開催された4日間の先生のWSに参加し、ヨガの深淵な世界に触れているように感じ、なんだか身が引き締まる思いがした。そしてその先生の専属通訳として同行していた昔からのヨガ仲間だった男性に「一緒に先生についてヨガを深めようよ。僕は君を大事にするよ。美しい世界で生きていこうよ。」と口説かれた。
私は彼に、というより、憧れの先生と一緒に世界中を回れるかもしれないというアイデアに気持ちが沸き立った。そして大好きだったアーティストの彼を振り、その通訳の彼と付き合うことにした。

いま思うと、もはやその頃の私のパターンになっている「私以外の誰かや何かに自分の人生を無自覚で預ける」チョイスを何度も、何度も、嫌になる程短期間でしていた。ウケるわ。

ヨガの彼と付き合う、となったその日の夜にすでに彼の言動や行動に違和感を感じていた。
けれど「これは私の課題、精神的な成長に繋がる」とねじ曲げて認識し、毎日喧嘩ばかりの野菜とナッツが主食のヨガ漬け8ヶ月間を一緒に過ごした。彼は私が行きたかった早稲田大学を出ていたし、一流企業に勤めていた。英語も堪能で、都内の一等地のマンションを親から与えられており、エリートサラリーマン一家だった。そして親に愛されいないと強く信じていた人だった。そんな彼が「美しい人」と私を呼び、海外から取り寄せたり、オーガニックスーパーで調達したローフードの高級食材を使ったランチボックスを毎日作ってくれた。

時々癇癪を起こすように夜中に突然起こされて、もっと愛して欲しい、もっと関心を持って欲しい、馬鹿にするなと大声で怒鳴られた。
こっそりアーティストの彼とも連絡を取っていた私は、別れるベストタイミングを見計らっていた。けれど敬愛する先生の通訳をしている「側近」の彼と別れることは、先生とのコネクションも切れることだと思い込んでいた。

ベストタイミングはいつまで経ってもこず、結局大喧嘩の毎日に疲れた頃、「もう2人でいる意味は終えたね」と2人でヨガっぽく綺麗にまとめて別れた。

今なら分かる。
彼がおかしかった訳でも、愛がなかった訳でもない。その時の私の世界にいる彼を私がそういう設定にしていただけだったのだ。

その後、何人の人と付き合ったのか、はっきりと覚えていない。3ヶ月で別れた人もいたし、1年くらい続いた人もいた。同時にアーティストの彼とはねじれた関係で付き合ったり別れたりを5年ほど繰り返し、けれど付き合っていた頃のような関係に戻ることはなかった。最後は「さゆりさんと家族になる未来がどうしても見えない」とフラれた。

これまでの全てが一瞬で無駄に感じた。
結局あたしはどこにも行けなかった。あの工場の屋上で浮腫んだ身体で感じていた虚しさや無力感を何一つ、払拭できなかった。あたしって本当についてないな。こんな感じで人生終わっていくのか。もうどうでもいいな。もう誰かを好きになったり、関係を深めたり、そんなこともう興味がないな。もう適当にやっていこう。身体の芯からフニャフニャと力が抜け、そして見える景色が急に薄くなったような気がした。そう感じたことをひどく覚えている。

次に続く。

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