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短編 春に生きる

 もう、何もかもどうでもよくって、捨てたかった。そんな夜だった。学校でも、バイト先でも、家でも無能な僕はいないようだった。僕は独りだった。 
 ここら一帯で一番高いビルは某有名ショッピングセンターだった。屋上が駐車場になっている田舎によくあるタイプのショッピングセンターではここら一帯が見渡せることで地元の人達には有名だった。
僕は用もなくショッピングセンターに入った。
1人の僕とは対照的に、夕飯の買い物をする親子連れや幸せそうなカップル、フードコートでテスト勉強をする女子高校生で賑わっていた。僕はそんな人々には目もくれず、1人エレベーターに乗って屋上を目指した。星に近づける場所はここしかなかった。そう、死のうと思ったのだ。
 屋上に着くと、車はちらほらと停まっていたが人はほとんどいなかった。白いフェンスの間から街は輝いていた。
 ああ世の中に主人公がいるのなら、僕はやっぱり主人公じゃないんだ。そう思った。
白いフェンスは頑張れば登れるくらいのものだった。昔から少しだけ運動神経はいい。どこに自分の手を足を引っ掛ければいいのかくらいはわかる。
僕はフェンスを登り、反対側の縁に足をつけた。
街はキラキラと輝いていた。僕と正反対のその姿は眩しいほど美しく、見たくなかった。
僕は宙に足を伸ばした。人は飛べないというが宙に踏み出した。ああ、やっと解放される。そう思った。
 次に目を開けると僕は暖かい日差しに包まれていた。古風な瓦造りの家の縁側で。ふさふさの黒い尻尾を顔のあたりまで丸めて、直前まで寝ていたようだった。何が起こったんだ?手はまるっぽく黒い毛が生えていた。庭石に少しの水が溜まってるのを見つけて近くまで寄って自分の顔を見ると金色の目に桃色の鼻のハチワレ猫が映った。かわいい猫だなとのんきに考えた。まあいいか。また寝るか。大きなあくびを一つして僕はまた眠りについた。僕は猫になった。

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