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ココロの在処

「ココロの在処」

こころ、ころころ
どこにいく

こころ、ころころ
どこにある

たしかにあると思うのに

ふたしかな所在
乖離する、在処。

____

あの日、確かに永遠があった
私のココロは真実を紡いでいると信じていた
もうあの頃のココロは
このからだのどこにもいない、ころころと ころがって
思い出よりも不確かなモノになってしまった。

これはあの日のココロと私のお話。

■ソウグウ

 自分が相手を想うとき、相手も自分と同じ感情だと【勘違い】する人間が多い。
きっと、それは私も一緒だ。

 相手が「求めていないよ」と遠回りにサインを出しても、もしかしたらと変に前向きに捉えたり。
自分が助けるんだ、とか、変えるんだとか、暑苦しく向かったり。
迷惑を掛けても、自分の気持ちが受け取られなかったら騙されたやら酷いとか被害者のような事を喚き。
酷い時には、アナタが居ないと生きていけないのに、死ねというんだね等と支離滅裂な事まで言い出すのだ。

 自分が見ている理想と現実との差異に耐えられなくなる、拗らせるとひどい目に遭う。
恋はそういう病だ。

 そして、私は遭遇した
生まれてからずっと出たことのないこの町で彷徨う、過去という名の亡霊に……。

■ボウレイ

 盲目の亡霊。
残留思念、恋の死霊と言っても過言ではない。

 町には、色があって、味があって。
そして、忘れたころに思い出というものが香しく、鼻をくすぐる。
そして、現れるのだ。忘れるなよ、と。
まるで死に際に巡るという走馬灯のように、鮮明なフラッシュバック
そこには、あの日のココロが恨めしそうに、立っている。

 ああ、ここ。
最後にあの人とキッシュを食べたパン屋さん、があった場所か。
あの頃はまだ塩バターパンもポピュラーではなかったし世間知らずの私にはキッシュも目新しかった…。もう影も形もないその店の跡地。
嗚呼もう大分昔のことじゃない、どうしてまだそんな目でこんなところをうろうろしているの?

 ーー蘇る声。喜悲劇の開幕。
「もしも、もしもよ。あなたが私を好きだったとして。あなたは私と死んでくれますか?」

 酷く偏った質問を目の前の人間に投げかけた「あの日の自分」と、私は久々に再会した。

 あの日、私は盲目だった。
恋をすると盲目になる、都合のいい理想という目隠しで視界を塞ぎ、
己の所在が不確かになる、そして、みんな夢を見る。だから、盲目になる。現実なんて見えていない

 愚かな問いかけに優しくも残酷に、のっぺらぼうの男は
「もしもも何も。俺は君のことを友人としか思っていないからな。目の前で死にそうになったら、人命救助を優先するかな。」と答えた。
それはそれはとても呑気な声だった。

 盲目だった悲劇のヒロインはその声で滅ぶ。目が覚めた。ああ、この人は絶対に振り向いてくれない。
目の前の人が自分と交わした視線は、絶え間なく送っていた視線の数億分の一だったと気づかされる。
背中がゾクリと寒くなったのを、忘れられない。
こうして、あの日の私の恋心は息絶えた。はずだった。

 どうやら、息絶えたという表現は間違えだったらしい
正しくは、私の体から転がり落ち、今もあの頃のまま、というのが正解の様だ。

そもそも、相手が求めて居ないのに自分の何かを受け取って貰おうだなんてのはただの暴力だよ。
そう、伝えたい、その亡霊には理解出来るとは思えないけれど。

 そんな事を思っていると
私の体、意識から転がり落ちたあの日のココロは、ゴミを見る様な視線で私を睨んでいた
そして口を開く「どうして、生きているの?」と

 理想的な妄想で目隠しをして、相手の気持ちも時間も無視し、己の欲を満たすために一喜一憂するバケモノ
頭の中では1秒間に100回、いや、それ以上の回数で相手の名前が脳内が駆け巡っていた。
ただ、アナタに会いたい、ただそれだけで息をしていた。あの頃の自分。
そんな幼くて愚かな亡霊と、もうその好きだった輩の名前も思い出だせない軽薄な今の私。

 何を言っても意味はないと、思い、可哀想と目線で投げかけてしまう。

もうお互いに本当の意味で理解することは出来ない、変わっていくのだ仕方がないさ、人間だもの。
ココロは移り変わるものだもの。

 きっと、そんな態度が気に食わなかったのだろう。
「……どうして、死ななかったの?」
返答をしない私にそう言い直す亡霊。その表情はとても憎たらしいものだ。
腹が立つ。子供みたいな顔付きが気に食わなかった。どうして自分だけが正しいと思い、被害者みたいな顔が出来るのだろうか。

 これは同族嫌悪だ。
だから、自分相手になら少しくらい、意地の悪い事をしてもいいだろう。
静かに深呼吸をしてから、面と向かって本当のことを言ってあげることにした

「あの人の名前、もう思い出せなくなったから」

***

 大きく目を見開き動けなくなった、辛うじて開いた口から零れるのは、困惑に震える息だけだった。
何も言葉にできない。何を、何を言っているのだろう?
目の前にいるのは、確かに、私なのだ、未来の私なのだ。
あの人の名前を呪文のように唱える事で、いつ線路に飛び出してもおかしくないココロを必死に抑え込んでいる、私のはずだ。
確かにあの人は私に恋をしなかったが情を持ってくれていた、その残酷な優しさを手放さないように
そうやって自分を騙していた自分が、外側の「本当」を突き付けてくる
あの人が居ないと生きていけないはずの私が、今のうのうと息をしているだけで赦せないのに
それなのに。

 移ろってはいけない。変わってしまうのはいけない事。だって、だって、それじゃあ全部嘘になってしまうから
あの日感じた永遠も、一瞬も、ただの勘違いだったって、嘘だったって認めちゃいけないんだ。
私の中でだけは「本当」だったと「輝いていた」と、私は絶対にそれを譲ってはいけないんだと。
ずっとずっと、この場所で、その気持ちだけで存在していたのに

それなのに

 未来が、私を否定するなんて。
そんなことが、あっていいの?あんまりだ、あんまりだよ。

忘れたなんて、そんなのあり得てはいけない。

 視界がゆがむ。あれから何年経ったというの?
私の時間は止まったままだというのに世界では遥か先の時間が回っているのだ。

「でも、名前は忘れちゃったけど、覚えてることは沢山ある。あの人が居たから息が出来たし、あの頃の気持ちは嘘じゃなかったよ。」

 未来は、困惑で固まったままの私に告げる。
私にとっては世界は滅亡したと言われたのと同じだった。
目の前の私は滅亡後の私だ。本当は死んでいなくてはいけないのに……

「私、この町を出るんだ。」

 言葉が続く。
この町には思い出が沢山ある、歩くだけでいろいろな悲しい事や、楽しかった事を思い出す。
あの人と一緒に歩いた道や、寒かった時に貸してくれた上着。後ろに乗せてもらったバイクや自転車。そんな事を、言っていた。
私はわからなかった、自分が手放さなければ、何も終わらせなくて済むのに

「どうして、それでいいの?」思わず、涙声で聞いた
「忘れても、無かった事にはならないし。たまに思い出したら、いつかの自分と喧嘩すればいいかなって」
「それに、もう、ひとりではないから。」

 全部、大切だった、辛いことも、うれしかったことも苦しいも愚かだと気づきながら自分を騙すこともすべて。
私のすべてだった。一緒に死ねなかったしそれでも一緒に生きたいと選んで欲しかったけれど
何もかも叶わなかった。だって、全部相手のココロを無視した妄想だったのに、それから目を背けていたから。
もう、そんな事はやめてしまったのね、左様ならば、致し方がないね。だって私はここからは離れられない。
あの日、失った輝きを、手放せないから。

「……さよなら、」

***

 あの日の私は、寂しそうに、私に背を向けた。
毎日ココロは形を変える、時には乖離してガラス玉のように思い出に変わる。
思い出は町に溶け込んで、時折姿を現す。

 この町には、ころころと私のココロが転がっている
ふいに触れると、思い出す。ビリビリと脳内で走り、甘かったり苦かったり、憎たらしい顔で現れる。

 果たせなかった約束や、夢。終わりを貰えなかった恋。
ままならない日常や悲しみも、時折帰ってくる同じものだけれど、違うもの。
昨日信じていたものが、今日には変わっている。
忘れないと、形を変えないと割れてしまう、脆いココロはまたころころと、増えては転がっていく

「さようなら。また、いつか」

 私は歩き出す、重い荷物を転がして
ゴロゴロ、とスーツケースのキャスターの音が響く……

■不確かな在処

 大通りに出ると、クラクションが鳴る。もう来ていたのか、と思いつつ手を振る。
助手席に乗り込み、幼い思い出にまた出会う。
車に乗ると亡くなった父を思い出す。
運転が覚束ない人間に口が悪くなる父が苦手だったとか、そういう小さな思い出だ。もう戻らない瞬間のリプレイだ。

「怖いから、安全運転ね」
「あいよ。」

 運転席の彼が軽く答える。今から彼の家へ向かう。
私は嫁ぐ、そして今より都心の家へ引っ越すのだ。

 都心と言っても最寄りは私鉄だし、どこかのどかで地元に似てる部分もある。昔は畑ばかりだったんだ、とあいさつの時にお舅さんは私にそう話してくれた。

 きっと、この人の思い出やいつかのココロが転がっている。
私はそれに触れる日が来るのだろうか

 車が動き出す。
私は、さよならと、呟いた。

明日の私は、今日とはきっとちがうから、今の私が別れを告げる。

 ココロは転がっていく
私の身体や思い出や、町や家に ころころと
不確かだけど確かにある ココロ。

 いつかの私は、私を見て笑うだろうか
その時私は、あの日の私の様に怒るのだろうか?
それは誰にもわからないけれど 、
いつか来るその細やかな戦争をすこしだけ楽しみにしている。

*******

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