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籠中鳥

 私はその日、空を飛んだ。

 飛んで、羽ばたけずに墜ちた。

 墜ちた先は、灰色の無機質な冷たい場所だった。

 そこにいるオトナたちが言う。

 「本当に逃げ出していいんだな?」
 「後悔しないか?」
 「一時の感情に流されているんじゃないか?」
 「もう少し考えてみたらどうだ?」

 私は言う。

 「はい。」
 「いいえ。」
 「そんなことはないと思います。」
 「いえ、大丈夫です。」

 多少不満げなオトナたちが目を見合わせ、
 軽くため息をつく。

 「そうか。わかった。」

 ガコン、と音がして
 足元の床に真っ黒い穴が現れる。


 落ちる、堕ちる、墜ちる……。




穴の底での生活は、まるでふわふわで真っ白で暖かい真綿でできた鳥籠の中みたいだった。

すべてを取り上げ、監視し、強制し、脅し、逃げ場を奪うオトナたち。

それが悪意による行動だったのならどれだけよかっただろう。

彼らの『正義』が、『優しさ』が、『気配り』が、『保護』が。
私を追い詰め、苛み、責め立て、苦しませる。

彼らは彼らの『正義』を、『優しさ』を、『気配り』を、『保護』を盾にするから。
私は追い詰められることも、苛まれることも、責め立てられることも、苦しむことも許されない。

あぁ、結局。

結局私はどこまで行っても籠の中の鳥だ。
大事に大事に育てられているようでその実、羽根を毟られ折られ、空から遠ざけられている。

『あなたはコドモのままでいいのだから。』
そう言って笑顔で手入れされる籠は子供のころからずっと同じ物。

ねぇ、気付いてよ。わたし、こんなに大きくなったよ。もうこれじゃ小さいよ。
もう空だってきっと飛べるよ。籠から出て練習しなきゃ。

ねぇ、ねぇ、気付いてほしかったの。
ここまですればこっちを見てくれると思ったの。

墜ちるのはわかってたよ。
それでも、体に見合わない小さな籠に食い込んで痛む傷よりはよっぽどマシだったよ。
ねぇほら、気付いて。私を見て。


やっと、あなたたちと目が合った気がして。





気付いてくれたと、期待したの。



小さな血だらけの籠から抜け出して

真綿の籠に囚われた傷だらけの鳥は

ほんの少し大きくなった籠に帰り

それはそれは大事に、大切に、優しく、
守られて保護されて甘やかされて
壊れ物のように丁寧に扱われ

末永くシアワセに過ごしましたとさ。

メデタシ メデタシ。

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