チョピンの岩さん(中)

続きです。
かつて『週刊小説』に連作で書いた【相撲おもしろ物語】。その中の一編「チョピンの岩さん」。上・中・下の、中です。

「チョピンの岩さん」(中)【週刊小説 1996年9月13日号】

   3

この夏場所、赤間岩(あかまいわ)は調子がよかった。初日からいきなり八連勝だ。相撲記者とすりゃその秘密を探りたくなるってもんだ。で、支度部屋に行くと、赤間岩はヘッドフォンでCDを聞いてる。これまではただ寝転がってテレビを見てたり、それとも競馬新聞を読んでたのに、えらい変わりようだ。

そこでおれは聞いたんだよ。
「岩関、今場所絶好調の秘密はその音楽ですか?」
「まぁな」
「何を聞いてるんです」
「チョピンだ」
「チョピン?」
すると赤間岩は、えらく嬉しそうにフフンと笑ってね、
「記者さんよ、あんたも意外に教養がねぇんだな。チョピンぐらい知らなくてどうする。やっぱ、俺たちみたいに勝負の世界に生きる者としちゃ、こういう芸術を聞いて心の安らぎを求めたくなるんだなぁ」

そう答えて赤間岩は、目なんか瞑って、体を揺らしながら、その芸術の世界ってやつに浸ってる。
そこでおれは、CDのジャケットを読もうとする。と、付き人の取的が、
「ちょっと話があるんス」
その場からおれを強引に引っ張っていく。
「実は……」
と、この時おれは初めて、ここまでの話を知ったというわけなんだよ。
「なるほど。そういうことか」

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