ボロボロの国語辞典

部屋の片づけをしていたら、一冊の国語辞典が出てきた。
小ぶりなハンディタイプ。使い込んで小口は汚れ、背は剥がれかかっている。でも、学生時代これを使って一所懸命勉強したなんていう思い出は、まったくない。
実は成人式の時、新宿区から記念品でもらったものだ。

ぼくは山口県出身だが、学生時代は新宿区にある学生寮に住んでいた。当時の新宿区は、今はなき新宿厚生年金会館で成人式があった。仲間たちとドヤドヤと出かけ、そこでもらった記念品だ。
「なんだ、国語辞典か」
と思った。ロクに勉強をしないダメ大学生だったので、当然の反応だ。それに国語辞典なんてものは、たいてい中学生くらいで買う。すでに持っているのだ。
(今さらこんなもの貰ってもなあ…)
とやや落胆した。

ところがその後、この辞典がとても役に立ったのだ。
偶然にも、ぼくは作家兼放送作家になった。その頃の作家は、もちろん手書きだ。放送作家はあちこちの放送局や喫茶店をハシゴしながら原稿を書く。当時スマホはもちろんノートパソコンも存在しなかったので、たいていの作家はバッグに原稿用紙と筆記具、そして小さな国語辞典を入れていたものだ。これはハンディタイプだから、ちょうどピッタリだった。
なので、駆け出し作家の頃、ぼくはこの辞典にはずいぶんお世話になった。なにしろ学生時代と違い、仕事だ。生活がかかっているのだ。そりゃ、しょっちゅう辞典をひくよなあ。

いまはパソコン打ちだから、難しい漢字は勝手に変換してくれる。薔薇、憂鬱、顰蹙、魑魅魍魎……ほらね。意味だって、辞典で調べるよりスマホやパソコンで調べる方が手軽だ。
家の本棚には大きな国語辞典(その後新しく買ったもの)と英和辞典があるけど、使う頻度がすっかり減ってしまった。ましてやハンディタイプの辞典など使わなくなり、どこかにしまったまま忘れていたのだ。
それが出てきた。

見ると、清水書院のもので、奥付には「非売品」と書かれている。表紙には「国語辞典」という文字と「新宿区の区章」がプリントされているが、ほとんど剥げて読めない。

国語辞典

手に取るとしっくりなじむ大きさと重さだ。この感触が懐かしい。パラパラとページをめくると、ずいぶん文字が小さい。あの頃はこれを読んでたんだなあ…。今は読めやしない。
すでにボロボロだし、このスマホ時代、もう持ち歩くことはないだろう。
だから今後絶対に使わない……とわかってはいるのだが、なんだか捨てられない。

お読みいただき、ありがとうございます。本にまとまらないアレコレを書いています。サポートしていただければ励みになるし、たぶん調子に乗って色々書くと思います! よろしくお願いします。