未来の美術館 ル・コルビュジェのムンダネウムと高橋由一の螺旋展画閣:トーマス・サラセーノの「Museo Aero Solar」 (空気太陽光ミュージアム)

大学の非常勤で博物館経営論を担当して7年経った(早い…)。
毎年ブラッシュアップしながら、勉強も重ねながら担当している。博物館経営論なんて美術館館長クラスが担当しておくれよ!という私の心の叫びと共に7年前に始まった授業。そもそも私は美術館で働いている時期もほんの少しで、ずっとフリーランスだ。と弁解しながらも、授業を組み立てるのは面白い。今年は3年ぶりの対面授業で、大変だけれど皆さん熱心でフィードバックに熱いものを感じられ、やはり充実していた。

毎年時事ネタも紹介するよう新聞もスクラップし、今年は博物館法の改訂部分もおさらいできた!
他にも…指定管理者制度は悪い点ばかりではなく、良い点も積極的に紹介するようネタを集めているし、博物館のミッションや評価、組織のつくり方、などなど…経営とはお金のことだけではなくさまざまな方面から力を尽くし工夫して運営していくことだね!と、この授業がそもそも必要な世知辛い理由と共にポジティブな面も話すようにしている。いろいろ言い出したらキリがないけど、個人的には文化政策含め本当に勉強になる。(というか文字通り勉強しないと講義できないから、学んでいる。)

で、やっと本題なのだけれど、この授業の最後の回を理想の美術館を考える回にしている。計画だけで実現しなかった美術館、架空のミュージアム、もちろんマルロオの空想の美術館も含まれる。(ちなみに初回はアドルノのプリズメンをみんなで読む。)

例えばトーマス・サラセーノ。彼は空に浮かぶエアロミュージアム「Museo Aero Solar」 (空気太陽光ミュージアム)を構想している。

サラセノは1973年生まれ、アルゼンチン出身で、ブエノスアイレス大学にて建築を学んだ後、ヨーロッパに渡り、現在はドイツのフランクフルトを拠点に活動している。建築からもアートからも未来を考えることができる。

日本では2008年開設の十和田市現代美術館に常設作品がある。この作品《オン・クラウズ》は、はしごに上って、球体に入る事ができるようになっている(今は覗けるだけかもしれない)。網目状のひもで連結したバルーンで構成された浮遊する空間で、居住可能な構造でもあるという。

https://towadaartcenter.com/collection/on-clouds-air-port-city/

サラセーノは、国籍や合理性、所有権という共通する境界を取り払おうとする考えを持っている。その中で浮遊する建築物や蜘蛛に関するプロジェクトも進めている。

上掲したTedを見るとわかるが、museo aero solarでは使われたビニール袋を洗浄し、切って繋いで、そこに市民が絵を描いていく。たくさんのドローイングを繋ぎ合わせたミュージアム。巨大なビニール袋のミュージアムは空気で満たされて、太陽の熱と外の温度差によって上昇する。ヘリウム、化石燃料、モーターやバッテリーなどの燃料は使われていない。

クリーンで世界中どこでも利用可能な簡単な方法を発見したのです。スカルプチャーが 大きければ大きいほど、より重いものを持ち上げることが できることを学びました。太陽の熱で温められた空気だけで 上昇するのです。この方法なら空中に庭園さえ築くこともできます。いつの日か地球サイズの庭園に 住むことができるのでしょうか? 雲間に漂う生態系の中で 生活できるでしょうか? こうした問いかけは 単なる技術的な挑戦ではありません。それに答えることで 国境を越えた移動の自由を考え直し、現代社会における政治、社会、文化的制約や国防上の制約を乗り越えることにもなります。結局のところ空気は皆のもので、どの政府のものでもないのですから。
Tedより トーマス・サラセーノの言葉

空には国境がない(実際はあるが)、さらに空気はどこにも帰属しない。サラセノの作品は、ミュージアムの抱える問題点に対する直接の解決方法にはならないけれど、制度とは、建築とは、社会の構造とは何かを考えるきっかけとなる。未来の美術館や理想の美術館を自由に想像してほしい私の授業でも一つの象徴的なものとして存在している。

浮遊して漂うミュージアムは一体どこに帰属するのか?ミュージアムは誰かの管理下になければ存在しないのか?拡張し続けるコレクションへの回答はあるのか?

想像した世界を、想像に留めず実践している浮遊するミュージアムは、もちろんユートピア的な側面が大いにある。しかしやはりミュージアムは平和を希求し、知識や創造物をアーカイブするものだと思う。そういうアイディアを持った、実現しなかったミュージアムのひとつに、ル・コルビュジェとポール・オトレのムンダネウムがある。

ムンダネウムは1920年代後半にポール・オトレが構想した未完の世界規模の文化都市建設プロジェクトで、その中心には世界美術館が据えられていた。この文化都市の設計を依頼されたのがル・コルビュジェである。

あらゆる協力のもと、ジュネーヴにムンダネウムを設置することが提案されている。ムンダネウムとは、ひとつの機関であり、さまざまな団体や会議、そして自由な国際運動の総本部であると同時に、資料の収集保管と教育を行う研究センターでもある。この研究センターは公的機関との連携のもと、図書館、美術館、学術団体、大学、研究所という「知的作業」を司る伝統的な五大機関を世界規模で実現するものである。
ル・コルビュジェ、ポール・オトレ著「ムンダネウム」筑摩書房、2009、3頁

オトレの活動については別にまとめてみたいが、法律家で平和を希求して国際連盟を作るなど多くの功績を残したがそれでは足りないとムンダネウムを構想し、夢物語ではなくて本格的に動いていた。
ムンダネウムの基本理念はよりよい文明を目指し、「物質的、経済的、政治的なファクターに対して知的なファクターを重視し、それを一義的なものにすることであり、そうした知的なファクターの組織化・編成化を確かなものにしていくこと」(同、7頁)としている。知の集積所として確立させようとしたムンダネウムの構想は、現在のインターネットのような巨大なアーカイブであり集合知のあり方につながっている。それは以下のような動画からも明らかである。

少し脱線してしまったが、ムンダネウムプロジェクトの中心には巨大な美術館「世界美術館」が計画されており、それは螺旋状に展開するピラミッド型の美術館だった。

同書70頁


これは後にル・コルビュジェが設計する美術館の原型になっており、無限発展する美術館構想に接続し、それが上野の西洋美術館につながるのである。

世界美術館のピラミッドは、エレベーターか螺旋状のスロープを美術館の頂上までのぼり、そこから鑑賞者はぐるぐると降りてくるというものなのだが、ニューヨークのグッゲンハイム美術館がそのイメージである。

そして…日本人なら栄螺堂を思い起こすが、私は高橋由一の螺旋展画閣を「眼の神殿」で読んだ時にあらら…と共通点に驚いてしまった。

北澤憲昭 「眼の神殿」31頁

由一については続き書きます(執筆中)

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