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離婚後一年で気づいた意外なこと

私は今現在2歳の息子を育てる26歳のシングルマザーです。

このnoteでは約1年前にシングルマザーとして生きていくことになった私が、

ひとり親という状況になって初めて、
「他人を勝手に、〇〇な人というようにジャッジしてはいけない」ということに気がついたお話です。

私自身が「ひとり親」というカテゴリの中に自分が属したことによって、良くも悪くも様々なことに気が付いたり、発見がありました。

そうした発見は元来私が、「ひとり親」というものにネガティブなイメージを抱いていたことから始まります。

ひとり親というカテゴリに対する自分の意識が問題に

正直に言うと、私はひとり親という状況にかつてはネガティブなイメージを持っていました。

・子供に我慢が強いられるのではないか。

・人生をきちんと計画してこなかったのではないか。

そんなイメージを抱いていたんです。

で、自分がいざシングルマザーになった時もうこれは「自分自身への戒め」だと思いましたね。(笑)

他人の事情を知りもしないで、考えもしないで、
ひとりで子育てをしている人達に対し、

勝手にネガティブなイメージを抱いていたわけですから、これはもう自分に返ってきたな。と率直に思ったわけです。

このように離婚してすぐの頃は「自身の離婚」を単純に、「罰が当たった」というようにしか考えていなかったのですが、

それが次第に「これは本当に罰なのか?」というくらいシングルマザーなのに、幸せだと実感するような場面が増えていったんですよね。

明らかに夫婦揃って幸せな家族のかたちを演出していた時よりも、自分の精神が遥かに満たされていて、正直、動揺しました。(笑)

私が安定しているから、息子も安定しているし.....

やがてこれは罰でもなんでもなく、

「あなたがネガティブなイメージを抱いているものが、本当にネガティブなものかどうかを自分の目で見てみなさい。」と誰かに言われているのかな、なんて感じました。(誰かって誰やねん)

ひとり親だけではなく、世の中の様々な人の状況を私は知りもせず、考えもせず、勝手にジャッチしていたことに気付かされたのです。

・あの親戚は怒りっぽいから周りに人がいないんだよな~

・あの先輩社員はいつも私をいじめる嫌な人だな~

なんて表面上だけで相手をジャッチしていましたが、実はその人の背景には様々な状況や、葛藤があるのかもしれない。

というように、あらゆる物事を表面的にではなく、多角的に観ていく必要が自分にはあるのでないかと考えさせられました。

怒りっぽい親戚は実は周囲への愛情が溢れるあまり、ついつい周囲に対し熱が入りすぎて過激な言葉遣いになってしまうということや、

嫌がらせをしてくる先輩社員は、上司からの圧力で精神的に参っていた時にちょうど私が入社してきて、余計に余裕がなくなっていたこととか......

もちろん理由があれば何をしてもいいってわけではないのですが、

相手の事情を考慮しないでいるうちは、自分の事情を考慮してもらうことはできないと思うのです。

現に私はシングルマザーで、今、様々な人に考慮していただいています。

家族や友人、社会から、「ひとり親」という理由で様々な助けを受けている状況です。
子供が発熱すれば母が助けに来てくれたり、会社を早退しても表面上咎めてくる同僚はいません。

なので私も、相手を表面上だけでジャッジし、○○な人というカテゴライズを勝手にするのは、もう辞めようと思うことができました。

もちろん、「ひとり親=不幸な人」というジャッジも、私個人の勝手な思い込みだったと、身を持って体感できました。

そしてそうしたことで、日々の生活に少しゆとりができたような、、

ジャッチする時間が無くなれば、怒る時間や悩む時間が消滅するのですから当たり前っちゃ当たり前ですね。

そして最近○○な人というカテゴライズをしてしまうことによる弊害が、もう一つあることにも気が付いたんです。

それは、人は変わるということ。

以前の私は、私自身をジャッチするとなると、「ひとり親をネガティブなものだと思い込む人」というようにジャッチできます。

しかし今はもう違います。自身で経験し、考えが変わっていきました。

このように考えが変わることは、人生で多くの人が経験することだと思います。

経験により人は良くも悪くも変わる生き物です。

ですからジャッジすることで、物事は人の本質が見えなくなってしまうことは、損をしてしまうように感じますし、私自身も昔のままの私のイメージでジャッジされたくはありません。

以前は取っつきにくくて苦手だった知人からの誘いを拒絶したら、実は年を重ねて物腰が柔らかくなり、親しみやすい人柄になっていたら勿体ないですからね。

本来は便利であるはずのカテゴライズですが、「○○な人」というカテゴライズに限っては、

見える物を見えなくしてしまう不便なカテゴライズだということを、ひとり親になってから学んだというお話でした。

結論:わたしの離婚は天罰でもなんでもなかったです。(笑)


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