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足デカ女だって可愛い靴で歩きたい

 わたしは足がでかい。24.5cm以下は入らないし、24.5cmでも入らないもの、足が当たるものが多い。ゆえに靴選びは慎重を期すし、なにより難しい。

 女性用の靴はスニーカーも含め、せいぜい24.5までしか置いていないことがほとんどだ。だから入るものがあって、軽く歩いてみてスムーズな場合はすぐ買ってしまうのだが、それも30分歩いて靴擦れになることがしょっちゅう。買って1回履いて履かなくなった可愛い靴たちを、幾度となく泣く泣く処分してきた。

 そんなこんだで、デザインが気に入るよりもなによりも、真っ先にサイズをチェックするのが、中学時代からの定石だった。

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 先日ショッピングモールに立ち寄った際、ふらっと靴屋さんを覗いてみた。ここはどれくらいの品揃えなのだろうと、軽く見てみるだけのつもりだった。

 スニーカーのコーナーに行ってみると、種類だけでなくサイズも豊富だった。これは期待できそうだ。展示棚の下に山積みになったカラフルな箱たちを見て、ウォーキング用のスニーカーに穴が開いていたことが頭を過った。お手頃価格で売り出し中の、今までに挑戦したことがない、だけど憧れのメーカーの24.5cmと書かれた箱を手に取った。

 その期待とは裏腹に、どうも爪先が当たってしまう。入らないパターンの24.5cmだ。パンプスやハイヒールでこのサイズが入らないのは落胆するとはいえ慣れっこ。だがスニーカーで入らないという現実は、かろうじて残っている乙女心にダメージを与えた。

「スニーカーお探しですか?」

 顔を上げると、店員さんの姿があった。店内は閑散としていたので、せっかくだから質問をしてみることにした。

「ウォーキングに最適なスニーカーってありますか?」

「ウォーキングですか。ちょっと待っててくださいね。靴のサイズはおいくつですか?」

「24.5です」

 店員さんが商品を探している間に、わたしはほかの24.5cmのスニーカーを履いてみることにした。だがどうも足にしっくりこない。大人の理性で封じ込めることに成功したと思っていたコンプレックスは、少しずつ膨れ上がっていった。

 そうこうしているうちに店員さんが箱をたくさん抱えて戻ってきた。そのなかのひとつの24.5cmスニーカーを履いてみると、すぐさま店員さんは端的に告げる。

「あ。小さいですね」

 すると同じ商品の25cmを差し出した。25cm。買ったことがないサイズだ。足を通してみると、店員さんはわたしにこう言った。

「爪先を立てて、足の親指を靴の先にぐっと近づけてください。近づけたらかかとをおろして、そこに小指が入るくらいの隙間ができるか試してみてください」

 人生で初めての行為に戸惑いつつ試してみると、店員さんはわたしの代わりに、自分の小指をわたしのかかとの靴の隙間に入れた。

「ああ、これでもまだお客様にはきついですね」

 25cmでもきつい? 24.5で入る靴もたくさんあるのに? コンバースのオールスターも、中学時代のナイキのバッシュも24.5cmだったのに? 24.5cmの品揃えすら薄い靴屋さんがこの世に山ほどあるのに、わたしの足は女だと認められてないってこと? ――足でかコンプレックスはどんどん肥大していく。

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 続いて差し出されたのは26cmだった。同じようにサイズを確かめるべく、爪先に親指をぐっとくっつけて、下ろしたかかとの隙間に小指を入れる。

「うん。これくらいでちょうどいいと思いますよ」

 わたしがちょうどいいと言われたスニーカーは26cm。24.5cmでも足が大きくてちょっと恥ずかしいのに、それよりも1.5cmも大きいなんて。鏡に映る足元は、いつも以上に存在感が増していた。

 そのスニーカーは、爪先はちょうどよくても、いつも履いているものより幅が広かった。現実を受け入れたくない気持ちも大きかったからか、靴のなかのゆとりは、自分の心情を不安定にさせるには充分すぎるくらいの虚無感が充満した。

「ちょっと緩い気がします」

「えっ、緩いですか?」

 にわかには信じがたいといった店員さんの言葉に、わたしの理性は吹っ飛んでしまった。

「ずっと自分は24.5cmだと思ってきて、24.5cmの靴しか履いてこなかったんです。だから急に26cmがちょうどいいと言われると、やっぱりショックで。……わたしも一応女なので」

 自分の足元に広がった、多数の靴箱と大きな靴たちに目を落としながら、つい本音を口走ってしまった。店員さんはウォーキングに合う靴を一生懸命選んでくださっているだけなのに。自分の子どもっぷりに呆れ果てる気持ちと、溢れ出るコンプレックスがない交ぜになっていた。

「少々お待ちください」

 店員さんはその場を去った。わたしは試し履きした靴を、力なく一つひとつ箱に直し始めた。これをすべて片付けたら、店員さんに挨拶をして帰ろうと思った。

 すべての箱を重ねて椅子の隣に置いたタイミングで、店員さんが戻ってきた。腕のなかには新しい靴箱を数個抱えている。

「さっきのスニーカーよりも幅が狭くてサイズが小さいものと、幅が広くてさらにサイズが小さいものを持ってきました。あとお色も数種類」

 そのあとも店員さんはメーカーごとの特徴や、靴の幅とサイズの関連性について話してくれた。靴幅にはA~E~EEEE~Fがあり、幅が狭いほうが足がすっきり見えるという。

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「膨張色と収縮色で見え方も変わってきます。この赤いスニーカーは、すっきり見えると思います。でも真っ赤な靴は派手だからと敬遠する方もいらっしゃいますね」

 先程の試し履きデータをもとに店員さんが選んだスニーカーは、どれも歩きやすかった。サイズは24.5~25.5cmで、足にフィットしたのは24.5cmのEEEの白いものと、25.5cmのEEの真っ赤なもの。特に後者のスニーカーは、鏡で見た雰囲気もソリッドだ。

「靴選びって、縦の長さだけでなく、幅とのバランスが大事なんですね」

 一般的なサイズの数字にだけ振り回されていた己を恥じながらそう零すと、店員さんはわたしの足の形状についてアドバイスをしてくれた。

「お客様は親指と人差し指の長さが同じくらいだから、パンプスを選ぶならラウンドかポインテッドがいいと思いますよ。スクエアは向かないかも。いつものサイズより大きいものを買ったほうが、歩きやすくて足が綺麗に見えることもあるんです」

 そのあと、靴のうんちくをいろいろと話してくれた。男性の靴選びの話題は、自分に関係のないことだったこともあり、あまり内容を覚えていない。だがこの店員さんが靴を愛していること、顧客一人ひとりにぴったりの靴を買ってもらいたいという情熱を持った人だという記憶はしっかりと残った。

 結果、25.5cmの真っ赤なスニーカーを買って帰った。商品を受け取り、駐車場に戻る間に時計を見ると、お店に入ってから1時間も経っていた。あんなことを言ってしまったわたしに、根気よく付き合ってくれていた。レジで靴を受け取ったあとにお礼を言うと、店員さんは噛みしめるように言う。

「やっぱり、足に合った靴を買っていただきたいんですよ」

 足がでかいことよりも、自分のついつい溢れた本音のほうが恥ずかしかったなと反省した。

 それから1週間後、母と一緒に横浜へ出掛けたタイミングで外出用の靴を見ていた。そこでも先日の店員さんと同じように、靴に対する愛情を持っている男性の店員さんに声を掛けられた。LLサイズを履こうとしたわたしに、その店員さんはこう言った。

「お客様の足のかたちなら、この商品はLでいいですよ。お客様は外反母趾でもないし、そこまで足の幅も広くないですし」

「えっ、本当ですか? かなり幅広だと思ってるんですけど」

「幅広というか、お客様は甲高ですね。だから靴は深めのものがいいかもしれません。見た感じ24.5cmくらいですよね。そこを基準にして選んでいけばいいと思いますよ。足に合った靴は、重くても重さを感じないんです」

 そのあと婦人靴売り場をふらふらし、試し履きをしてみるも足が入るものがない。いつものパターンか、と諦めながらぼんやり周囲を眺めてみると、母が声を掛けてきた。

 連れられた先は閑散とした婦人靴コーナー。どうやら大きいサイズの婦人靴をセレクトしたショップらしい。

 いつものわたしなら「わたしは24.5cmだから」と意固地になって立ち入らなかっただろう。だがふたりのシューズラバーから靴トリビアを多数聞き、そのような固定観念は完全に消失していた。

 立ち入ってみて驚いた。25cm以上でこんなに可愛い靴が、1万円以下でこれほどまでに存在するのかと。サイズから確かめることが当たり前で、デザインが気に入る云々よりも足が入る靴を買っていたわたしが、可愛いデザインからより取り見取りになるなんて。人生で初めてだった。おまけにカラーも豊富だ。

 おふたりから教えてもらった知識を使って試し履きをした結果、2E・25cmのポインテッドトゥのパンプスを買った。最後までブルーシルバーとブラックとゴールドのどれにしようか悩んだが、最も足にフィットしたゴールドにした。こんな足でか女が、靴の色をどれにしようか悩めるんですか??? まじですか???? これ現実ですか?????

 鏡に立ってみると足元がすっきりして見えた。帰宅後30分ほど歩いてみたが、これまでのパンプスよりだいぶラクだし、靴擦れもできなかった。

 足のでかいわたしには、靴の選択肢なんて与えられてないと思い込んでいた。店員さんおふたりのおかげで大きい足を初めてちゃんと受け入れられた気がするし、なにより足の大きな女も、靴選びを楽しんでいいんだと気付かされた。

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 きっとこの世には、わたしと同じように足が大きくて、そこまで金銭的に余裕がなくて、靴を諦めている人がたくさんいるはずだ。そういう人たちはわたしと同様にこれまでにたくさん靴で失敗しているだろう。

 足がでかいことを恥ずかしいと思っている女性は多いから、「もっと大きなサイズを作ってほしい」と声を上げられないこともしばしばだ。でも足でか女だって、もっと靴を楽しんでいい。現在は自宅でゆっくり試し履きができて、返品送料が無料の通販も増えている。一般的なサイズの人よりもだいぶ手間が掛かると言えばそうだが、そのぶん出会えた喜びは大きい。

 2年前に買った24.5cmのサンダル、4500円くらいしたのに30分歩いてたら指が痛くなって結局履かなくなった。こんな無駄に終止符を打って、お金も自分も大事に使いたい。そんなことを思う30代の春であった。今年こそ歩きやすくて可愛いサンダル買うぞ~。

最後までお読みいただきありがとうございます。