(掌編)二人夜鍋

 「今から部屋行っていい?」
 「なんでうち?」
 急な申し出に素直な疑問が漏れてしまった。だって彼……佐藤大介と僕は、こんな夜中、もう21時だ、に個人的に会うほど、親しい間柄ではないはずだ。
 携帯の向こうから笑い声が聞こえる。
 「だよなあ。ごめん、上から順番に電話かけて、断られ続けて、最後が和田」
 「ああ……。でもなんでこんな急に?」
 「生鮮品があるから、今晩じゃないと」

 部屋行っていい? と聞かれたものの、佐藤は僕のアパートの場所を知らなかった。とはいえ、同じ大学に通う一人暮らしの学生だから、住居は近所である。最寄りのバス停まで来てもらうことにして、彼を迎えに行った。両手にいっぱい荷物を持った佐藤が、どこか疲れた風に立っていた。歩み寄る僕を見つけると、「おー」と声を出した。
 「すごい荷物。どれか持つよ」
 「じゃあこれ」
 佐藤はビニール袋を一つ差し出した。袋からネギが飛び出ている。これが生鮮品か。
 「じゃあ、こっちだから」
 「うん」
 歩き出した僕に佐藤が付いてくる。
 「なんで、鍋?」
 「寒くなってきたから」
 「普通、仲間見つけてからやるよね」
 「あー。うん。サプライズのつもりだったんだけど」
 そう言って佐藤は力なく笑った。これ聞いていいんだろうか。でも、夜中に急に呼び出されてるんだし、尋ねてもいいだろう。
 「誰に?」
 「彼女。彼女? うん、まだ、一応、多分、彼女」
 「なんだよ一応とか、多分とか」
 「あー、うん、まあ、ねえ……」
 はっきりしない佐藤の物言いには、どこか悲しさが混じっていた。僕はそれ以上追及することができなかった。

 佐藤の持ってきた紙袋の中には、土鍋とカセットコンロまで入っていた。しかも新品の。
 「土鍋って、最初なんか水に付けるんだっけ?」
 「あ、これはしなくていいやつ。まな板と包丁あるよな?」
 「一組なら。何切る?」
 「野菜からー」
 とりあえず白菜かな。振り返り見ると、佐藤はローテーブルにカセットコンロを設置している。
 「キッチンバサミとかない? 切れる物はそれでいく」
 「あ、はいこれ」
 「入れ物ある?」
 台所下の収納を開けて、ボウルを取り出して、佐藤に渡す。
 「ありがと」
 ってもう22時じゃないか。今から鍋作って食べるわけ? なんでこんなことに、と思いながら、白菜にざくりと刃を入れた。

 肉鍋が完成した。だしは市販の物だけど、たっぷり野菜の上に、これまた惜しみなく豚肉が、山のように乗っかっている。
 「映えるな」
 そう言いながら佐藤はスマホで写真を撮る。それにつられて、僕もスマホを鍋に向ける。
 「これインスタに上げていい?」
 「いいけど」
 「和田君と鍋パーティーって」
 思わず吹き出した。
 「なんでおまえらがって感じだよね。しかもこんな時間に、別になんでもない日に」
 笑いを堪えながらそう言って佐藤を見た。
 「なんでも……ある日だったんだけどな」
 「え?」
 聞き返したが、佐藤は鍋の載ったローテーブルの前にどかりと座り込む。
 「はい、食べよう! いただきます! っていうか取り皿!」
 「はいはい」

 しばらく二人とも無心で食べた。肉肉野菜肉肉野菜くらいの割合で食べた。豚肉の山が少しずつ低くなっていき、鍋には野菜しか残っていない状態になった。締めのラーメンとか準備してるんだろうか。そう思って佐藤を見た。
 「女って記念日好きじゃない?」
 「え? あ、そうかもね」
 「交際記念日、だったんだけどな。2回目の」
 そうか、鍋サプライズを仕掛けようとした彼女に、記念日をすっぽかされたのか……。
 「部屋の前まで言ったら、声聞こえて」
 「あ、あー……」
 ちょっと待てそれは、すっぽかされるよりまずいやつでは……。
 「やってて」
 「も、もういい言うな!」
 僕は佐藤を制して、でも、と思う。
 「いや、言いたいんだったらここで言ってけ。聞くだけなら僕にもできる」
 「和田」
 「鍋ご馳走になったし」
 「いや、後で半分請求しようかと」
 「ええ?」
 思わず睨んだ佐藤の顔に、笑みが浮かんでいた。だからまあ、ちょっと、安心した。
 「冗談冗談」
 同じ学科ってだけで、そんなに話したこともなかった、佐藤。ただ、一緒に鍋作って食べただけの、佐藤。それでも、落ち込んでるよりは笑っててくれたほうがいい。そう思う。

 「ここでおもむろにラーメンを投入!」
 「やっぱりあったか」
 佐藤は袋ラーメンを鍋に割り入れ、カセットコンロの火を付ける。
 「あ、今晩泊めてくれる?」
 「今さらだな、いいよ」
 「あとさ、課題なんだけど」
 「課題!」
 そうだ、僕は明日提出の課題をやっていたのだ。その時に、電話が鳴ったのだ。そしてこうなって……。今、何時……?

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