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ワン子育ての理想と現実1【出会い】


我が家には、天使のような暴君プードルがいる。

2023年9月16日。一生忘れないであろう、愛犬シュシュとの出会った日のことだ。
プードル専門犬舎に見学に来ていた私の心は揺れ動いていた。

――「明日来る方は、できれば連れて帰りたい」って言ってるの。
――でも、小さなお子さんがいるし、犬を飼ったことがないみたいで。その点あなたは介護まで飼い遂げているでしょう? ……できればあなたに飼って欲しくて。

ブリーダーさんのリップサービスに、私は「うぅ、そう来るか」と小さく唸った。
この子を購入してほしいという本音を上手にお世辞と心配でコーティングしている。
「ええー、どんなに良質なブリーダーさんでも、やっぱり商売なんだ」と少しがっかりした気持ちと、「それなら今日を逃したらこの子は他の家の子になっちゃうってこと?!」という焦りがせめぎあった。

子犬を迎えるにあたって、ブリーダー選びにはかなり慎重だった。
何年も熱心に視聴している保護犬ボランティア活動家のVlogの影響で、子犬を迎える時は親犬を大切にしている犬舎から、と固く決めていたからだ。

2022年に元保護犬の最愛トイプーを亡くし、私は果ての見えないペットロスの中にいた。
女優になれるかもしれないと真顔で冗談を言えるくらいには、亡き愛犬のことを考えるととめどなく涙が流れたし、不眠症にもなった。ストレスで暴飲暴食もしまくった。
情緒不安定なせいでありとあらゆる面に支障がでて、詳細は伏せるが、このままではさすがに人間としてやばくない? というところまで落ちた。悪いほうに変わっていく自分に耐え切れなくなり、ついに子犬を迎えることにしたのである。
愛犬を腕の中で看取り、命が尽きていく瞬間をまざまざと感じたことで、もうあんな思いは二度と味わいたくない! と散々言っていたのに、だ。

数多の子犬の中から、亡き愛犬に似た雰囲気の子犬を見つけて、ほとんど衝動で見学予約をした。
見学に行った犬舎(というよりもいい意味でご自宅)で、家族として自由にのびのびと過ごす親犬たちを見て、このブリーダーさんなら間違いないと思った。
四隅をかじられ尽くした家具で暮らし、そこら中でトイレを失敗するパピーたちを温かく見守るブリーダーご夫婦。まさに犬ファーストな世界。

なにより、この世に生を受けて数ヶ月のパピーたちからは、みなぎる生命力を感じた。
愛犬を亡くし灰色の世界で過ごしてきた、とはちょっと言い過ぎだが、時の止っていた私は子犬のエネルギーに圧倒されまくっていたのだ。

そんな高揚の中の、冒頭の一言。
垣間見えた商売っ気に、正直多少なりとも現実に戻された感はあった。けれど一年弱ぶりに抱いた温かくふわふわでとんでもなく愛らしい生命体に、私は帰宅早々「お迎えします!」と連絡したのだった。

子犬は3ヶ月のミニチュアプードルの女の子で、シュシュと名付けた。フランス語でお気に入りを意味する。
迎えた当日はかわいいばかりで、まさかこれから怒濤のワン子育てが幕明けるとは思ってもいなかった。たぶん、シュシュも初日くらいは猫を被っていたのだろう。

まだこの頃はやんちゃだなあ〜としか思ってなかった!


翌日。シュシュは我が家二日目にしてトイレをマスターするという天才ぶりを発揮するとともに、マッドドッグとしての片鱗を見せ始めた。

飼い主のひいき目ではあるが、人間だったら1000年に1人の美少女であろう愛らしい見た目に反して、シュシュはめちゃくちゃ気が強かった。興奮すると子犬らしからぬドスのきいた唸り声あげて突進してくる。普通に怖いし、甘噛みが本気噛みと紙一重で痛い。一日と経たず、家族全員歯形だらけ痣だらけになった。血が出るほど噛まれなかったので甘噛みということにしていたが、今思えば本気噛みに近かったのかもしれない。

あれ? 子犬ってこんな感じ? ちょっと思ってたのと違うかも?
想像していたパピーライフとは相違があることに気がつきながらも、まだ多少の動揺で収まっていた。たぶんその頃は2.5キロとシュシュが小さかったので、なんとかなっていたんだと思う。

3キロを超えてきたあたりで、嫌な予感は確信に変わった。
シュシュは何でもすぐ覚える天才犬でありながら、マッドドッグとして完全に覚醒していた。
挙げればきりがないのだが、この頃、シュシュは興奮するとパチンコ玉のように室内を駆け回った。捕まえたくても速すぎて捕まえられず、部屋の端から端へと猛スピードで移動し、たまにフェイントをかけてくるシュシュは人間をおちょくっているかのうようだった。
ドスのきいた唸り声と噛み癖は磨きがかかり、焦点があっているんだかいないんだかわからないイカレタ目をすることも増えてきた。完全にキマっちゃってるじゃん……と家族誰もが思っていた。

ブリーダーさんからいただいた写真
よく見るとこの頃からすでにマッドドッグたる顔つき


当然家具はかじられてボロボロ。それどころか、シュシュの手の届くところに置いた物は問答無用でカミカミの餌食となった。靴下だって盗まれたが最後、無事では帰ってこない。

もうおわかりだろう。
ブリーダーさんの冒頭の発言は、リップサービスなんかでも、商売魂なんかでもなかったのだ。
シュシュは率直にいってけっこうやばいパピーだったので、小さな子供のいる家庭には不向きだった……というのが真相である。

シュシュの名誉のために補足しておくと、10ヶ月を超えた今、シュシュは順調に立派なレディーへの階段を登っている。
私も頑張ったし、シュシュも頑張った。
と胸を張りたいところだが、私だけでシュシュをレディーに育てるのは到底無理だったので、いろんなプロの手を借りたし、現在進行形で借りている。
ワン子育て、舐めてかかると本当に痛い目を見る。

というか、亡き愛犬は4歳手前の成犬で家族に加わったので、私にパピーを育てた経験はない。しかも性格がスーパー良い聖犬だったので、苦労知らずのまま介護まで終えた。
つまり、シュシュを私に託したブリーダーさんの見る目は間違っていたのだ……。買いかぶってもらっちゃ困るよ、ほんとうに……。

ワン子育ての現実は厳しいけれど、あの時シュシュを迎えなければよかったなんて一度も思ったことはない。
しゅっちゃんが早く立派なレディーになりますように!

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