【短編】朝の通夜

それは一瞬の出来事だった。
最近彼女とはどうだ、と聞いた返事が返って来ることは無かった。
突っ込んできた車を運転してたおばあちゃんも亡くなって、生き残ったのは俺だけだった。

「明日、お通夜あるから。…早く寝るのよ。」
母から言われて、まだ現実味がないままその日夜は疲れきって眠りについた。

……重い。

目を開けるとさっき死んじゃったはずの友達がいた。「あれおまえ、死んだんじゃ……」と驚く俺に友達は、「あのさ、お願いがあるんだ。」と懇願してきた。
死んで化けて出てくるくらいだから、よっぽどのことかと思ったら「俺のお通夜を明日の朝にして欲しい」なんて言ってくる。
「お通夜って夜にやるからお通夜だろ」と答えると、「俺は夜に悲しい気持ちで寝るのが好きじゃない。それに明日は彼女の推しのライブがあるんだ。」そう言って、何とか俺を説得させようとしてくる。「あの良い席取るの、大変だったんだぜ。」
何言ってんだ、自分死んだのにそこの心配かよ。
「そもそもお通夜って、朝にできるものなのか?」と聞いたら、「出来そうじゃない?」なんて適当な答えがかえってきた。
「頼むよ。」友達は続ける。
「俺が死んでも、彼女には笑っていて欲しいんだ。」


結局根負けした俺は、友達の母親に電話をかけて、お通夜を朝にしてもらった。不躾だ、常識がない、何を言っているんだって怒られたけど、友達が言ってるんだから、と何とか説得した。
友達は「ありがとう」とだけ言って消えていった。

お通夜は翌朝10時からだった。
朝が苦手な俺は目を擦りながらなんとか起きてお通夜に向かった。
お櫃の中の友達はびっくりするくらい綺麗な顔だった。なぜかちょっとだけニヤケ顔だった。損傷が酷かったのは、身体だけだったみたい。

お線香をあげたあと、人目もはばからず号泣している彼女の元へ行った。「今日の夜のライブ、あいつが行けって言ってたぞ」なんて言ったら「行くわけないじゃない、もうチケット売ったわよ…。」って返ってきた。
ばかなやつめ、俺のところにあらわれるなら彼女のとこ行けよ。

外に出ると、初夏の風と共に暑い日差しが照りつけてきた。心無しか空にあいつの暑苦しい笑顔が浮かんでいるような気がした。

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