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永遠に 第3話「ためらい」

ー 明日よりしばらくは冬型の気圧配置で、雪が積もる可能性もあります。通勤の際には交通機関の状況にも気を配っておいてください。 ー

朝からの情報番組のお天気キャスターの言葉。
バタバタと準備しながら、耳だけはその声に傾ける。
雪なんて勘弁して・・・
そう思いながら、しっかりと防寒しなければと、この間ゲットした温熱効果のある下着を身に着ける。

「決して、ババシャツじゃないから。」

誰にそう話しているのか。自分しか知る必要のない事実を誰かに言い訳して、女よりも寒さをしのぐ方法をとる事を自分に納得させた。

「ま、だれも見ないしね。」

一人暮らしも長いと、だれがいるわけでもないのに独り言を普通に呟くようになってしまった。
普通であれば、心の中にしまっておくはずの心の内を、家では声に出して話してしまう。
うっかり日常生活にそれが出てしまわないように気をつけてはいるが、たまに出てしまって会社の先輩方に睨まれる。

「お前、下着ぐらいはいつでもこうなることを考えてちゃんとしたのをつけておけよ。萎えるだろう。」

いつだったかの彼氏に言われた言葉。
それがふと脳裏に浮かんだ。その記憶が、下着にもこだわってしまう理由。

「愛梨は、外見はアレだけど、中身はいいんだから。」

そう言われたのを思い出して、心が痛む。
いつだってそう。外見を揶揄われては、最後にはその事を理由にふられるんだ。

「かわいい。その顔、もっと見せて。愛梨、可愛いよ。」

そういえば、ベッドの中でとにかく私は酔わせてくれた貴重な人が、佑貴さんだった。

しっかり着込んで家を出れば、外は雪がかなり降っていて、これは確かに積もるかもしれないと思わせた。
まだ、普通に運転されている電車も、帰りは分からないなと不安に思う。
会社についてからも天気予報だけはこまめにチェックしていた。

幸いなことに、帰宅時間にはまだ電車が動いている様子。
ただ、明らかにまだまだ降り続く雪に、これ以上は無理かもしれないとも考えられて。
多くの人がいつも以上に早く帰宅していた。

私も早めに上がろうとデスクから立ち上がれば、先輩方に肩を叩かれた。

「これ、よろしくね♪」

語尾に楽しそうな雰囲気を出して。
この人たちは、私をこき使う事に喜びを感じているのがとても分かる話し方だ。
手渡された仕事は、明日までの書類で。先輩の仕事として渡されていたものだった。

「私、こういうの得意じゃないからさぁ。でも、岡山さんなら大丈夫でしょう?」

私からの返事を待たずして、押し付けてそのまま部屋を後にする先輩。
盛大な溜息が出た。

「すまんが岡山くん。電車が止まると帰れなくなるから。僕も失礼するよ。」

うちの課長も、逃げ足はとてもはやい。
こういう時に頼りになる人ではない。
そして、自分の事で精一杯の人なのだ。

「はぁ。こりゃ、もしかして会社に泊まることになるかも?」

思わずそう呟きながら、スマホを取り出した。
いざという時は、カナ兄を頼ろうと思い、連絡をしておいた。
でも、残念ながら海外出張に出ているという。
こういう時のために、合鍵はもらっているから、とりあえず家に泊めてもらう事は許可をもらって。
とりあえず、会社に宿泊ってことからは逃れられそうでほっとすると、ふとスマホケースから飛び出していた名刺が目に入った。

佑貴さんの名刺。
かしこまった肩書の裏側に記されたプライベート用の連絡先。
実はこれもまたあの思い出とともに、私にとっての大事なお守りに感じられていた。

私を暖かく受け入れてくれた人もいたというお守り。

「がんばろう!」

お守りのおかげでまた頑張れる。
そう思って気合を入れて、なるべく早く終われるように急いだ。
例え徒歩で帰れる距離とはいえ、積もれば歩きにくいし、寒いし大変なんだから。
静まり返った社内で1人、黙々と仕事に打ち込み、2時間程度で終わらせて帰宅することにした。

やっぱり、電車は止まっていた。

カナ兄の家に向けて歩き出そうとしたところで、なんとなく見覚えのある車が先のほうに止まった。
そこには、彼が、佑貴さんが立っていた。

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