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さよなら さんかく

「実は転職が決まって、来月で退職することになったんだ」

会社の先輩からそんな連絡が来た。
12月中旬の午後。
社用携帯を見てすぐに電話した。

「なんか電話しろ、みたいな連絡になっちゃったかな」

そう言って笑う先輩は、私が大好きな先輩だ。



入社して1ヶ月の研修を終え、現場に配属されてすぐのこと。最初はいろんな部署をまわるのだが、一番初めに行った部署で業務を教えてくれたのがその先輩だった。

「うちの会社さ、こういうところがよくないよね!」

そうあっけらかんに言う先輩に驚いた。当時純粋に入社した私は、会社には会社の方針や理念に賛同する人ばかりが集まっているものだと思っていた。そんな中で、業務の進め方や考え方に少しもやり始めた時期でもあった私は、先輩のその発言に少し救われた気がした。

「私、会社には方針に賛同する人ばかりだと思ってました」

驚く私に先輩は「そんなわけないじゃん」と笑った。


お世話になった期間は少しで、それ以降一緒に仕事することはほとんどなかったが、社内の問い合わせなど何かある度に、電話やメールですごく気にかけてくれる人だった。普段は離れているけど、その先輩の存在が自分の中ですごく大きかった。


その先輩が退職する。




「本当は前から決まってたんだけどさ、上からまだ言っちゃダメだって言われてて。ようやく同じ部署の人と親しい社員には話していいよってお許しが出たからさ。あなたが入社してから、実は密かにずっと推してたんだよ。だから直接連絡したくって」

そんな風に言ってもらえるなんて思ってなくて、嬉しさと寂しさが混じる。


「最近はどうよ、元気?」

いつものように気遣ってくれる先輩に、退職してしまうことも相まってぽろっと弱音を吐いてしまった。私も密かに推してたんですっていうかわりに、飲みに行きましょうと誘った。

ずっと好きだった先輩と飲みに行く。
はじめて飲みに行く。
その先輩の退職がきっかけで。

その日の帰り道は嬉しさと寂しさが入り混じって、心臓がちょっとどきどきした。




年末の仕事を終えて飲みに行く。大勢の飲み会も嫌いじゃないけど、サシでひたすら喋る飲み会がすごく好きだ。

最近の世間話から今の仕事の話、実際今の仕事をどう思っているか、どうして退職するのか、仕事のことからプライベートのことまでひたすら喋った。

その先輩の話し方は、私が大学生の頃友人と話していた感覚と似ていてすごく好き。懐かしい感覚になる。どうしてそう思うのかしっかり論理立てて考えていて、純粋にすごいなと思う。どこにも忖度せずに、自分の考えで賛同も批判もしっかり言う。うちの会社の良いことも悪いこともこんなに開けっ広げに話せるのはこの先輩くらいかもしれない。


楽しかった。すごく楽しかった。
ご飯を美味しいと思う度に拍手する先輩とたくさん笑った。また飲みに行きたかったけど、あんまり退職前の忙しい時に誘うのも良くないと思って誘えなかった。

プライベートと仕事はきっちり分けるタイプの先輩。普段はすごく人当たりの良い人だけど、気の乗らない飲み会には行かないし、無理に自分を合わせようとしない。優しいし、すごく気を遣う人だからこそ、自ら線を引いて自分を守る。自分もどちらかと言うとそういうタイプだから、その気持ちはわかる。わかるからこそ、あまりつっこんでいけなかった


「実は密かにずっと推してたんだよ」

そう言ってもらえて嬉しかった。言ってもらわないと気づかなかった。言わないと気づかないこともある。

距離少し縮めていいかな。逆に引かれないかな。




来月、先輩は退職する。寂しい。すごく寂しい。
これまでより仲良くなれてすごく嬉しいのにすごく寂しい。


ばいばい、先輩。さよなら、先輩。
入社してすぐに出会ったのがあなたでよかった。
私も先輩みたいになれるように、私なりに頑張るね。
これまでありがとうございました。
もしよければ、これからもどうぞよろしくお願いします。

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