二気筒と眠る 6
関門海峡を横殴りの強風が渡る。
私はCBのタンクにへばりつくようにして。
心持ち斜めに重心を寄せて直進している。
そうでもしないとコースアウトしてしまいそうな横風だ。
渡りながら別のことも考える。
遥か下の海面が見える。身の竦む高さだと思う。あの海で源平合戦の、壇之浦の戦いがあったのよね。
南国の島に到着したけど、この風はいつまで残るのかを考えている。そろそろ下道伝いに、風景を愉しむ行程にしようかな。
山深い県道を縫うように走った。
既視感のある峠道をいくつも越えてきた。
暮れてきたのでCBのライトを点けるが、山道では不安でしかない。
地図を眺めても埒が明かない。電波の届く範囲になってPHSでもう一度確認をする。それでようやく目的地についた。
そこは豊後半島の安心院という土地で、これから3週間ほど厄介になるつもり。観光農園での季節労働を申し込んでいた。要は風来坊のアルバイトをするつもり。それで幾らかの旅費を稼ぎたいし、炎熱の季節をやり過ごして、旅を続けることもできそうだ。
到着したのは、まるで農家の佇まい。
その脇には真新しいが手作り感のある別棟がある。
「お世話になります」と頭を下げると、胡麻塩頭で痩せたオジサンが浅黒い肌を緩めて微笑した。そうしてその別棟に案内してくれた。
「若いもんがあと3人ほど来とる。男ひとりに女のコが二人。仲良くせんばよ。仕事は明日からでええ。風呂は時間制だから、よおっく札を確認して使いなさい」
私を含めて4人がアルバイトのようだ。
部屋は意外なことに個室が容易されている。当りの宿だったかもしれない。CBからシートバックを外して、自分の個室に収めてへたりこんだ。
汗をかいた缶ビールを渡してくれた。
「ねえ、神奈川ナンバーだけど、東京から来たの?」
愛くるしい短髪でショートパンツの子が話しかけてきた。
「鎌倉だよ」と答えて、九州のひとはなんでも東京でくくるんだな、と思った。へえと笑って、それ私からのご挨拶だからと添えてくれた。
私はシートバッグからジャムの小瓶を取り出して、彼女に渡した。
「小菅くんが今、お風呂だから。後で一緒にはいらない?」
まるで大型犬のように愛想よく、しかも強引なお誘いをしてくる。
その風呂上りの小菅くんというのは、小太りでセルロイドの眼鏡をかけた冴えない子だったけど。
「じゃあ、僕からは歓迎の意を込めて」
そう言って尻ポケットからハーモニカを取り出して。
「荒城の月」の調べを奏でだした。
盛夏の長い夜に朧月が浮いていた。
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