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伏見の鬼 19 I 気になる口癖

 五条花街の門を潜った。
 懐はずっしりと、重い。
 まだ日は高く、生駒屋の色褪せた暖簾が風に揺れている。
 総司はそれを潜ると、あの痩せぎすの若衆が飛び跳ねるように立ち上がる。そして大仰に、お早いご登楼でと声を掛ける。
 背後には女たちが騒めく音が続く。
 それが鎮まるのをただ待っている。
「実はな、楼主をお呼び頂きたくての」
 へっ、と意気込んだ顔に、「花火を貰い受けようと思う」と投げかけた。
 早速に総司は引付座敷に通された。
 畳のうえに緋毛氈ひもうせんが敷かれ、上客の処遇をうけている。
 濃ゆい上茶と、漬物がお茶請けに出されている。彼が酒を断ったからだ。森閑と静まり返った妓楼に、衣擦れの音が背後からする。
「お邪魔致しますえ」
 白髪頭ではあるが丁寧に結い直し、赤珊瑚のかんざしあでやかに女楼主が現れた。そうして艶っぽい仕草にて、座して挨拶をする。
「いや此度な、惚れたはったで心付けをしてきて参ったが、愈々いよいよ踏ん切りをつけての。お宅の新造さんではあるが、花火を水受けしようとて参上仕る」
 花火でございますか、と小声で女楼主は口籠った。
「でもようやく新造として部屋持ちになったばかり、うきちも可愛がっている娘でございますよ」
 すらすらと口癖の如く述べる口上に、嘘をつけ、という言葉は呑み込んだ。
「楼主殿のお気持ちは如何ばかりかと存ずる」
 総司は懐より巾着袋を取り出した。
「ではそのお気持ちを汲んでの」
 そう言って巾着袋をどしんと置いた。
 二部金で三十両分の重量がある。その音で女楼主の腰が浮いた。
「どうで御座ろうか」
 ぢゃらりと巾着を解くと、ざっと黄金が緋毛氈に広がった。

 歳三が彼に渡した金である。
 かの平野屋は額面百両の金座包を実質百三十以上の価値ありと見た。
 それで近藤勇が押し借りした百両を帳消しにして、剰余金として三十を出すという。それをもう百両の両替を歳三は迫った。
 しかし要求したのは二百である。
 歳三は金座包二百は三百程度の価値ありと見た。
 脂汗を流しつつ、平野屋は納得したからである。
 それを二部金で要求し、さらに歳三は巾着から掴みだして、これは今後もと宜しゅうに、と三宝に戻して紐を締めた。それで手元には百八十程度が残った。
「これは総司の手柄である。予想よりも平野屋め、出しおったわ」と戸外にでて含み笑いとともに歳三兄ぃは言った。
「あれで多少、義理を返しておけば、今後も談判が容易になる」
 可笑しそうに笑う、その抜け目の無さに感服する。
「存分に遊べや」
 と四十両分の巾着を渡した。

 女楼主の顔色が変わったと見た。
 しかし臈長けた、花魁上がりの女である。
 双眸を伏せてよそ見を装った。軽く鼻で呼吸をする。
「ああ。これではご縁がございませぬか」
 総司は腰を上げ掛けて、その頓挫に袂より二つ目の巾着を零した。先程よりもずっしりとする音がする。
 無理もない。
 それは十両分の銅銭である。
「いや、失敬。ひつこい、くどいは粋では御座いませぬな」
 そう言って先の三十両の二部金を再び巾着袋に収め始めた。
 慌てたのは女楼主である。
「何をいうてはります。ご縁を取り持つのがあちきの務めでおじゃる」
 そう言って総司の手を掌で抑えた。
 この金蔓は逃してはならぬと見た。
 大夫の流し目で艶然と微笑むのだ。




 

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