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#灼いてるの

 覚醒した。
 しかし身動きは出来ない。
 冷たい台に寝そべって、天井を見上げている。
 正面のドアが開いて、鎮痛な表情をした妻が入ってきた。傍らには学生服を着た息子がいる。普段なら詰襟を開けているのだが、やけにぴっちりと整った様子だ。
 おお、と右手をあげようとした。
 珍しく親戚の顔も連なっている。

 余り風紀の良くない地域だった。
 急傾斜地に張り付く住宅街で、漁港に近く、風には生臭さが浮いている。殊に最近では外国人の姿が目立っている。
 その浪の上地区へ行くには細道に裏木戸があり、隔絶された街区だった。
 おれはその地区の集金を任されていた。
 脅しすかしは日常で、取立てには拳が雄弁に働いた。血の気の多い連中には、むしろ刃物を出す方が危ない。お互いの血が沸騰する。
「あのベトナムの難民崩れな、もう3ヶ月も滞納してやがる。難民申請の裁判も進んでねえ。生活保護も更新が切れかけてる。まあ、追い出しじゃの」
 そう兄貴が言うので、しょうがねえ。
 今日は短刀を呑んでいくかや。

 その兄貴もグラサンを取って、目尻に光るものがある。
 何か係員の女性が頭上に立っていて、金属の箸をおれの喉元に突き刺した。その行為にも、指一本さえ抵抗出来ない。
「こちらが喉仏でございます」
 その箸が骨片を、おれの喉元から拾い上げて一同に見せると、何か黒々とした感情のどよめきを感じる。
「では喪主様より、こちらのお壺の方に納めて下さいませ。お足の方は大きいのでご注意をお願いします」
 そうか。
 動けないのは、お骨になっているからだ。
 おれはとっくに灼かれているのか、と思った。

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