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和室でゴロゴロしていたら塀の向こうに人の気配があった。ポストに何か入れていったかな、と思い、起き上がり、その人影の移動していった側の窓から外を覗くと、女の人が向こうにむかって歩いていた。たぶんフリーペーパーのポスティングだな、そんなことを思っていたら、その女性は、その先のお地蔵さんのある方に入る細い道の入り口で、こちらに背中を向けて立ち止まった。

その視線のほんの1、2メートル先の低い枝にカラスが止まっているのが見えた。なぜか逃げようとしない。

女性は興味津々な様子で、時々手を叩いたりしてちょっかいを出すのだけど、カラスの方は細い枝を小刻みに左右に移動しながら顔を振るだけで、枝から離れようとしないのか離れられないのか、困ったふうだ。

そのうち女の人は飽きたのか、仕事の続きをするためにか、お地蔵さんの方に歩いていってしまい、家陰の向こうに見えなくなった。

ぼくは机の上のカメラを手に取って、サンダルを履いて玄関から外に出た。

カラスはそれでもぼくが近づくと逃げるかもしれないので、さりげなさを装いつつ距離を詰めていく。ぼくのさりげなさがカラスに通用するかはわからない。

でも逃げない。やはり枝に止まったままだ。カラスをすぐそばで直接見る機会は、そうない。大きいから少し遠目でも姿形や、体色と同じような色の目はわかる。

でもその気になれば、手を伸ばせば触れられそうなところまで近寄ることなどない。

そのカラスが逃げない理由はわからない、いや、幾つか想像はできるけれど、とにかくすぐには飛んでいってしまわなさそうなのがわかったので、遠慮なくカメラのレンズを向けてシャッターを押してみた。

危険を感じるのか、さっきの女の人の時と同じように、枝の上をちょこちょこと左右しながら顔をキョロキョロさせている。

ファインダーから目を離し、直接自分の目で観察する。

かわいい。

ここらにいるのは、ほとんどがハシボソカラスという種類で、もう一種類一般的なカラスにハシブトカラスというのがいる。

ハシボソは顔と嘴との間に段がほとんど無く、今目の前にいるのもその特徴をしている。

かわいい。目がかわいい。黒くて。

動物写真家の岩合光昭氏がネコに話しかけるのを真似して、かわいいなあなどと小声で囁きながらもう何枚か撮っていたら、突然上の方から大きな声が聞こえてきた。

ガアーガアー!

見上げると電柱の上で別のカラスがバサバサと羽根を広げながら威嚇してきていた。ガアーガアー!

雛か、この子は、きみの。

雛、と呼ぶにはなんだか大きい気もするけれど、まだうまく飛べないんだろうね。

事情がわかったからすぐにその場を離れた。すぐ横に大きく繁った木があるから、そこで育ててもらってたんだな、巣立ちの時期か。

それは邪魔をしたね。

そう思ってよく見れば、電柱の上のカラスよりは少しだけ小さそうだし、嘴の端に黄色みが残っているようにみえる。頭の上にも白っぽい毛が何本か寝癖のようにとびでている。それがわかるくらいに近寄っていたのだ。

ごめんよ、がんばれよ。自分でエサを取れるようにお母さんだかお父さんだかによく教えてもらえよ。

と、ここまで書いて外を見ると、もういなくなっていた。


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