つり革の話
丸2年、サッカーを観に行ってない。
それまでも長年スタジアムに通っていたというわけではない。地元のチームが初めてトップカテゴリーへの昇格プレイオフに出ることになったシーズンの半ばの7月、チームはそれまでにないほどの好調さで、ローカルメディアでは『今年こそは昇格か』と話題になっていたことがいいきっかけになり、前からサッカー観戦に興味を持っていたこともあって足を運んでみることにしたのだ。
チームのインターネットサイトでホームで開催されるゲームの日程を確認し、チケットの買い方、座るべき席、あるいは観戦マナーなどを念入りに調べた。
近所のコンビニで前売りチケットを買った。
週末の夕方、ドキドキしながらひとりで電車に乗り、岡山駅からスタジアムまでの道を他のサポーターたちの列に混ざって歩き、ゲートを通過し、ホームチーム側A自由席のひとつを確保した。
キックオフまではまだ時間があったので、まわりの席の真似をして多分ペットボトルかなにかで座席を確保しておいて、場外のスタグル(スタジアムグルメ)のテントで食べ物を買い、席に戻る。
初めて生で観るサッカーの試合の相手は札幌のチームで、そちらも好調なコンディション、つまりは順位を競っている相手で拮抗した内容のゲームだった。素人目にもそう思えた試合は両チーム無得点の引き分けに終わったけれど、納得の初観戦だった。
そのあとホームスタジアムで行われた最終戦を含め計4試合、その年のうちに観に行くことになった。
そのシーズン、昇格プレイオフにはぎりぎりで届いた(6位)けれど、惜しいところで本来の目標は果たせなかった。ただぼく個人としてはサッカーをスタジアムで観戦することの楽しさ、臨場感を知ってしまい、それ以来年に数ゲーム、多くて10ゲーム、ホームスタジアムに通うようになった。
年間パス(そこそこ高額)を購入するほどではないし、オーセンティックユニフォーム(そこそこ高額)を購入して着るほどでもない、でもたまたま自分が観戦していて勝てば嬉しいし、負ければ何故だか自分ごとのように辛い、というほどの身の入れようではあった。
フリーキックではチームカラーのタオマフ(タオルマフラー)を、回りの観客を真似て振り回す。
ジリジリする展開で先制点がきれいに入れば、隣の席の見知らぬ人ともハイタッチをする。
多分普段のぼくを知る人はそんな話を聞くと驚くだろう。
ひとり観戦のぼくの回りには同じようにひとりで来ている観客が、男女問わず思ったよりもたくさんいることも知った。
たくさんの人が『12』(12人目の選手=サポーターを意味する)とか、あるいは『19』『21』『24』など自分が特に応援する選手の番号とその名前が背中に書かれたチームカラーのユニフォームを着ていた。
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そんな数年を過ごしたあと、いまのところ最後にスタジアムでゲームを観たのは、2年前の開幕戦、当時のエースフォワードが決めた1点で勝ちきった試合だ。
それ以降、つまり新たな疫病が蔓延しだしてからは観客の入場人数の上限も設定されたり、そもそも外出することそのものが躊躇われる状況になったために、パッタリと足が遠のいてしまった。
そして今年のチームはかなり力の入った補強もあり、期待が、、、いや、あまりぼくが応援するのはジンクス的に良くない。
観に行かないだけで、そしてネット配信も契約してはいないけれど、やっぱり気にはなるのだ。何かのきっかけでまた通うようになるかもしれない、と思う。
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スタジアムに行くのは電車、と決めていた。家族はあまりサッカーに興味がなく、ぼくひとりというのもあるが、県の中心駅から徒歩圏内という立地なら断然、車で行くよりもその方が気持ちが入る。
完全に車社会の岡山で、でもぼくは1人でどこかに行く時は公共の交通機関を使いたいと思っている。
自宅の最寄り駅からの乗車時間は20分少々。そんな郊外からでも、ぼく以外にも一目で目的地が同じだとわかる乗客が何人もいる。ユニフォームを来た親子連れ、早くも首にタオマフを掛けた男性、なにかしらのグッズを身につけたりバッグにぶら下げている若いカップル。ぼくは、チームロゴのトートバッグを肩から提げる。
そんな電車内の雰囲気や、駅からスタジアムへ歩いて向かう大勢の人の列の中に自分の身を置くのもまた観戦の一部だ。ちらほらとアウェイチーム(対戦相手)のユニフォーム姿のグループもあって、東北(あるいは北陸、あるいは北関東等々)から応援のために岡山に来てる!(ようこそ岡山)などと考えるのも楽しい。
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ここまでが前置きである。
長いという批判は甘んじて受け入れる。
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ある年のゴールデンウィーク前後だったと思うが、日曜日14時のキックオフ、その2時間前の開場に間に合うように、いつものように自宅から歩いて駅に着くと、事故か何かだと思うがダイヤが乱れていたらしく、ホームがいつもより混雑していた。ぼくはちょうどその乱れが通常に戻ろうとするタイミングで駅に着いたみたいだった。
やってきた電車に乗り込むと、やはり普段より混んでいた。身動きが取れないほどではないが、人との距離が近い。もちろん座れない。
そんな中、ぼくから2、3人分離れたところに高校生男子のグループがいた。多分倉敷駅の次の駅から近い私立高校のものと思われる制服を着ていた。日曜日なのに部活だろうか、模試だろうか。4、5人いるそのグループはなにやら楽しそうに話をしていた。
ただそれは全く迷惑だとかうるさいと思わせるものではなかった。それくらいの年齢、友人といれば楽しいだろうし話もついついはずむ。それとなく観察しているとその輪の一番外側にいる生徒が、身振りが大きくなってしまう友人の背中に手を回し、他の乗客の迷惑にならないように気を配っていた。このグループなら大丈夫だろうと、ぼくは安心してこれから観に行く試合のことをあれこれ考えることにした。
電車は5分ほどで次の倉敷駅に着いた。
たくさんの乗客が列車を降り、入れ替わりでまたたくさんの乗客が入ってきた。
その中に初老の白人カップルがいた。夫婦旅行だろうか、大きなキャリーケースを携えていた。仕事を引退し数年は経っているような品の良い服装のカップルだった。
倉敷で宿泊し、次の目的地に向かい旅を続ける様子に思えた。
二人から小さく聞こえてくる会話の声は、英語、スペイン語、フランス語、ポルトガル語、イタリア語、あるいはスラブ系言語のいずれでもないようだった。恐らくドイツ語か。勘でしかないが。
ふとさっきの高校生グループに目を遣ると、そのドイツ人(仮)カップルの方をちらちら見ながらひそひそ話をしている。倉敷は外国人観光客も多いからそんなに珍しいことではないはずだけれど、などと思っていると、高校生たちは思わぬ行動にでた。
そのうちの1人がドイツ人男性の肩を指でトントンとたたく。男性は少し驚いた様子でそちらに顔を向けると、その高校生は自らの頭上にあるつり革を指差し、片言にも満たないような英語でしきりに『プリーズプリーズ』とかなにやら懸命に話しかけていた。
どうやら体を電車の揺れから支えるもののない車両中ほどに立っている初老の2人を気遣い、こちらに来てつり革に掴まったらどうか、と提案をしているようだった。
男性のほうもなんとかその意図を汲んだようで、それでもその好意だけを受けとるだけにするようなジェスチャーをし、笑顔で、恐らく、ありがとうと言っているようだった。
ぼくは驚きの感情と尊敬の念とでそのシーンを見ていた。
高校生たちは次の駅で降りて行った。
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それは少し汗ばむ陽気のよく晴れた日曜日の出来事だった。肝心のその日のサッカーの試合がどんなだったか、スタグルは何を食べたか、相手はどこか、結果はどうだったかは全く忘れてしまったけれど、電車内で見たその高校生の、形には残らない善意だけは覚えている。
とてもいい一日だったように記憶している。
あのドイツ人(仮)の2人にとってもそうであればいいな、と思っている。
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