2回目 税務調査の在り方について 1

 これからが本題です。
 私は、窓際太郎の同僚だった者です。つまり、元税務調査官です。税務署のほか、国税局の査察(マルサ)や料調(リョウチョウ)にも従事した経験があります。調査一筋に生きて来たのです。この経験を生かして「税務調査の在り方」について語りたいと思います。不愉快に思う方もいるかと思いますが、寛容な気持ちで聴いてください。よろしくお願いします。

「税務調査の在り方」

はじめに
 税務調査の大義は、『課税の公平』である。
 税務調査官は、正直者が馬鹿を見ないように『真相を究明し、不正は必ず暴かねばならない』のである。
 そして、『命の次に大事な金』にまつわる職務が、税務調査官の任務である。真実に近づけば近づくほど、反動(反発)が大きくなる。
 『不撓不屈』の精神。課税の公平のために、強くて堅い正義感と覚悟が必要である。課税の公平を担保できるのは、『適正で公正な税務調査』しかないからである。まず、このことを冒頭で述べて置きたい。
 私は、令和3年7月、K税務署で所得税担当の特別国税調査官を最後に退官した。昭和54年4月に国家公務員として任官して以来42年余り、税務職の世界、中でも税務調査の世界で生きて来た。調査畑一筋に生きて来たのである。
 この間、数え切れないほどの税務調査事案と対峙して来た。
 若いころは、生意気で血気盛んな税務調査官だったが、自分は正しいことをしているという自負だけはあった。大人になって落ち着いても、譲れないことにはこだわりをもって税務調査に携わって来た。
 私が持ち続けたこだわりは、正義感だった。正義だけは曲げることができなかった。それが私の生き様であり矜持だった。
 だが、いつのころからだっただろうか。はっきりしたのは特別国税調査官になってからだったが、年を重ねるごとにモチベーションが低下して行った。正義が揺らいでないか。正義より組織が優先されていないか。国税組織に対する不信感が少しずつ強くなって行った。でも、組織には失望したが、正義だけは曲げられなかった。税務職員としてのモチベーションが低下した分を意地で埋めて正義にこだわり続けた。
 私にも、若かりしころの熱い思い、その後に変化した思い、今の思いがある。やるせない思いの中で、何か残したかったのである。できることなら、無念も晴らしたかったのである。
 こんなことだから、無事退官できたことには安堵しているが、私の税務人生に満足できていない。心残りなのは、税務調査の手法をはじめとした税務調査の在り方を後輩達に十分に伝承できなかったことである。良かったのか、悪かったのか、結果として人生の大半を税務調査で生きることができた。その証を残したい。
 もう一度言うが、税務調査の大義は「課税の公平」である。正直者が馬鹿を見ないようにするために、税務調査はどうあるべきなのか。もう少し具体的に言えば、税務調査とはどんなものなのか。税務調査とどう対峙すべきか。税務の組織はどうあるべきか。納税者は税務調査にどう向き合うべきか。税理士は税務調査にどう対応すべきか。税務調査が公正に行われ、課税の公平が維持されるためにどのような税務環境が必要なのか。私が現職の時に見聞きしたこと、感じたことなど、私の40年の税務調査経験に基づいて私見を述べたい。

<続く>


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