9回目 税務調査の在り方について 8
4 税務調査の背景にあるもの
所得税の税務調査がどうあるべきか理解する上で、関係法令や判例や組織の運営方針など税務調査の背景にあるものを認識し、理解して置く必要がある。それが税務調査官の立ち位置を決めることになるからである。
(1)法律の構成
憲法第30条(納税の義務)
「国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負う。」
憲法は国民の権利と自由を守るためのものであるが、義務についても規定している。
教育の義務、勤労の義務とともに、国民の三大義務の一つである。
憲法第35条(捜索、押収等の制約)
「何人も、その住居、書類及び所持品について、・・・令状がなければ、侵されない。」(令状主義)
憲法第38条(自白強要の禁止等)
「何人も、自己に不利益な供述を強要されない。」(黙秘権)
国家公務員法第100条(秘密を守る義務)
「職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後といえども同様とする。」
国税通則法第68条(重加算税)
「・・・計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺいし、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していたときは、・・・税額に百分の三十五の割合を乗じて計算した金額に相当する重加算税を課する。」(行政罰)
国税通則法第70条(更正等の期間制限は5年、但し偽りその他不正の行為は7年遡及可)
国税通則法第74条の2第一号ハ(反面調査の対象者)
国税通則法第74条の7(提出物件の留置き)
「国税庁等又は税関の当該職員は、国税の調査について必要があるときは、当該調査において提出された物件を留め置くことができる。」(調査に必要な物件の借用・預かり)
証拠になり得る物件や物読みが必要な物件は留置きすべきである。
国税通則法第74条の8(権限の解釈)
「・・・当該職員の権限は、犯罪捜査のために認められたものと解してはならない。」
罰則があり間接強制と言われる質問検査権(黙秘権がない)を査察調査(黙秘権がある)に利用してはならないということである。
国税通則法第74条の2の質問検査権を、所得税法第238条(偽りその他不正の行為に対する罰則)を適用させるために行使してはならないということである。
国税通則法第131条以下(査察調査)
脱税の疎明(裁判官に確信とまでは行かないが、一応確からしいという推測を抱かせる程度の証拠)によって臨検・捜索・差押許可状(令状)を取得し、強制調査を行う。査察の質問調査には黙秘権がある。査察が行う任意調査(検査、領置、質問調査等)には罰則規定がないので、全くの任意である。
所得税法第12条(実質所得者課税の原則)
「・・・単なる名義人であって、その収益を享受せず、その者以外の者がその収益を享受する場合には、その収益は、これを享受する者に帰属するものとして、この法律の規定を適用する。」
名義(形式)よりも実体(実質)を重視して課税するものである。所得の帰属者と目される者が外見上の単なる名義人にすぎずその経済的利益を実質的、終局的に取得しない場合、所得帰属の外形的名義にこだわることなく、その経済的利益の実質的享受者をもって所得税法所定の所得の帰属者として租税を負担させるべきとする、税法上の原則である。
所得税基本通達12-1(資産から生じる収益を享受する者の判定)
「資産から生じる収益を享受する者が誰であるかは、その収益の基因となる資産の真実の権利者が誰であるかにより判定すべきであるが、それが明らかでない場合には、その資産の名義人が真実の権利者であるものと推定する。」
所得税基本通達12-2(事業から生じる収益を享受する者の判定)
「事業から生じる収益を享受する者が誰であるかは、その事業を経営していると認められる者(事業主という)が誰であるかにより判定するものとする。」
所得税法第37条(必要経費)
「・・・別段の定めがあるものを除き、これらの所得の総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用の額とする。」
所得税法第45条(家事関連費等の必要経費不算入等)
「・・・次に掲げるものの額は、・・・必要経費に算入しない。」
「家事上の経費及びこれに関連する経費で政令で定めるもの」
所得税法施行令第96条(家事関連費)
「政令で定める経費は、次に掲げる経費以外の経費とする。」
つまり、以下のものが経費になる。
「家事上の経費に関連する経費の主たる部分が・・・事業所得・・・を生ずべき業務の遂行上必要であり、かつ、その必要である部分を明らかに区分することができる場合における当該部分に相当する経費」
「(青色申告に係る)家事上の経費に関する経費のうち、取引の記録等に基づいて、・・・事業所得・・・を生ずべき業務の遂行上直接必要であったことが明らかにされる部分の金額に相当する経費」
所得税基本通達45-2(業務の遂行上必要な部分)
「(主たる部分については)その支出する金額のうち当該業務の遂行上必要な部分が50%を超えるかどうかにより判定するものとする。ただし、当該必要な部分の金額が50%以下であっても、その必要である部分を明らかに区分することができる場合には、当該必要である部分に相当する金額を必要経費に算入して差し支えない。」
この通達により、実務上は白色申告者であっても青色申告者と同様の扱いを受けることができる。
所得税法第150条(青色申告の承認の取消し)3号
「・・・帳簿書類に取引の全部又は一部を隠ぺいし又は仮装して記載し又は記録し、その他その記載又は記録をした事項の全部についてその事実性を疑うに足りる相当の理由があること。」
所得税法第156条(推計による更正又は決定)
「税務署長は、・・・更正又は決定をする場合には、その者の財産若しくは債務の増減の状況、収入若しくは支出の状況又は生産量、販売量その他の取扱量、従業員数その他事業の規模によりその者の各年分の各種所得の金額又は損失の金額(・・・青色申告書に係る年分の不動産所得の金額、事業所得の金額及び山林所得の金額並びにこれらの金額の計算上生じた損失の金額を除く。)を推計して、これをすることができる。」
青色申告者に対して、推計による更正・決定はできない。青色申告の取消し事由が存在し、青色申告を取消した場合に推計課税が可能になる。
所得税法第238条(罰則)
「偽りその他不正の行為により、・・・所得税を免れ、・・・所得税の還付を受けた者は、10年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。」(脱税・刑事罰)
査察調査の根拠となる規定である。
国税徴収法第142条(捜索の権限及び方法)
「徴収職員は、滞納処分のため必要があるときは、滞納者の物又は住居その他の場所につき捜索することができる。」(令状不要)
滞納の疑いではなく、滞納の事実が存在していることによる令状主義の例外である。
税理士法第1条(税理士の使命)
「税理士は、税務に関する専門家として、独立した公正な立場において、申告納税制度の理念にそって、納税義務者の信頼にこたえ、租税に関する法令に規定された納税義務の適正な実現を図ることを使命とする。」
税理士は弁護士とは違い、納税者側に立つのではなく、納税者と国税調査官の間に立たなければならないのである。
刑事訴訟法第239条②(告発義務)
「官吏又は公使は、その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは、告発をしなければならない。」
税務職員も、犯罪に目をつぶってはならないのである。公の責務である。
民事訴訟法第228条②(文書の成立)
「文書は、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認めるべきときは、真正に成立した公文書と推定する。」
国税調査官が質問検査権に基づいて作成した質問応答記録書は、公文書であり証拠書類となるのである。
<続く> 次回は、「(2)租税法律主義の存在」からになります。