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グレゴリー・プリヴァ、美しきピアニストとの対話。

コロナ禍のパリ、ロックダウン中に生まれた新作『Yonn』を携えてグレゴリー・プリヴァが来日する。私が世界で一番美しいピアノを弾くと思っている美しいピアニストだ。彼が新作に込めた思いを聞いていると、彼の大切にしているもの、に触れられる。それは美学というか、人生観というか。
来日直前、パリと岡山を結んで行われたオンラインインタビューをどうぞ。


ロックダウン中に見つめた自分自身。
より良く生きるために。


ー新しいあなたのアルバム『Yonn』はロックダウン中に制作されたと聞きました。パリのロックダウンはとても厳しいものだったようですが、どうやって過ごされていましたか?

いろんなことをやってたよ。
多くの時間はこの新しいアルバムを作ることに費やしたね。過去の自分の作品とは、コンセプトが違う、ということもあって時間をかけた。
家にいて、作曲をして録音をして練習をして。料理やNetflixを見たりもしたけど、やっぱりほとんどはニューアルバム『Yonn』を制作していたね。

最新作は自身のキャリア初となるピアノソロアルバム。
タイトル『Yonn』は「1」を意味する。

ロックダウンになってすぐに制作はスタートしたんですか

コロナ前に、少しだけ始めてはいたんだ。
ロックダウン中は自分も含めて世の中がパニックだったし、ストレスもあった。家族や友達にも会えなくて、家に閉じこめられてフラストレーションも感じてたんだけど、これはもしかしたら良い機会なのかもしれないって思うようにしたんだ。
多くのミュージシャンがそうだと思うけど、いつもはツアーに出てライブをやって、ってこんなに家にゆっくりいることなんてないからね。
だからこれは人生の小休止なんじゃないか、って考えるようにした。
少し立ち止まって、ゆっくり呼吸をするような、そんな人生のタイミングなんだって思えるようになった。
だからニューアルバム『Yonn』は『Respire』という曲から始まるんだ。
それは“呼吸、息”という意味なんだよ。
コロナ禍のこのタイミングって、多くの人がそうであったと思うんだけど、
すごく真剣にいろんなことを考えようとしたよね。
僕もそうだった。
自分の人生をどう生きるべきなんだろう、
本当にやりたいことは何だろう、
このコロナ禍が終わってしまった後、どうやったら自分の人生をより良いものにできるんだろうか。
そうやって自分と深く向き合って考えたことをニューアルバムに込めたよ。


自分だけの振動、周波数を  もう一度見つける。
世界を照らす光のために。


あなたはご自身のウェブサイトで「周波数」や「調性」についてのことをお話しされていますが、もう少し詳しく教えてください。おそらくニューアルバム制作の経緯みたいなものと深く関わってくるのではないかと思っているのですが。
*1 I believe we each have a frequency that resonates within us from birth and that allows us to connect ourselves.This vibration tends to be altered as we grow older, depending on the different difficulties in life, much like an instrument going out of tune. This piece is about rediscovering our own frequency, our Tonality.

“Tonality”についての言葉だよね。
僕は『Yonn』中の曲のタイトル『Tonalité』としても使ってるんだけど、通常は音楽用語で「調性」という意味だよね。でもここではメタファーとして使ってるんだけど。

僕はね、誰しも、みんな生まれながらに自分だけの特別な周波数、振動を持っていて、それを自分の中で共鳴させながら生きるんだと思ってる。でも生きていく中で様々な困難な状況を経験したり、また教育というものの影響でも、そのピュアな周波数は失われやすいんだ。そしてそれがどういうものだったのか忘れてしまう。
だから自分自身の周波数、Tonalitéを再発見していくことは、つまり「本当の自分」を見つけようとすることなんだ。この曲はそんな思いを込めたよ。

「本当の自分は何モノなんだろう?」と自分を再発見しようとすることは、自分の人生を真に輝かせる道筋や方法を探すこと、を意味するよね。
 
ー人生を輝かせる?

そう。世界を照らす光を拡げる、ということ。



ー 私はこの言葉を
あなたのウェブサイトで見つけて本当に感動したんです。特に「Rediscover=再発見する」という言葉が使われているところ。
ああ、私たちは生まれながらに持っている周波数、Tonalitéを失って無くしてしまうのではなく、分からなくなってしまうだけで、また再発見すればいいだけなんだ、というところにとても希望が持てました。

 
そしてそれを踏まえて、『Tonalité』のPVを観ると、より深く感じるものがあるように思います。あのPVはとてもストーリー性を感じましたが、あれはあなたのアイデアなんですか?

うん。あれは僕のアイデア。
浜辺に男が打ち上げられてて、いったい自分はどこにいるのかも分からず、あてもなくさまようしかないんだ。でもふと海を見たら、誰かが溺れてるのが見える。一体誰なのか、何が起こってるのかは分からないんだけど、助けなきゃ!って海に飛び込むんだよ。そして泳いで助けにいくとそれは人じゃなくってテディベアだった。彼はテディベアを助けて一緒に浜まで戻り、そのテディベアと一緒にいる、ってストーリーなんだけどね。

ここでのテディベアはね、自分の“子供時代”の比喩なんだ。彼は幼い頃の自分自身を助けにいくんだよ。
子供の頃って、誰しも変に悩んだりなんてせずに、素直に自分のやりたいことを見つけられてたと思うんだ。
だから成長していく中で失ってしまうもの、周波数を再発見するっていうことをメタファーとして込めたよ。 
 
なるほど。
私には、二人のグレゴリーがいるように思えました。
一人のグレゴリーは浜辺に打ち上げられ、彷徨い、海に飛び込み、テディベアを見つけ、助けるることで失くしてしまったと思っていた自分の子供時代を見つけるあなた。それは言わば、肉体を持って存在する、人間としてのあなた。
しかしもう一人のグレゴリーは、ずっとピアノを弾いています。その傍らにはテディベアがずっといる。彼は自分の子供時代を失ったりせず、彷徨ったりもせず、ずっとそこでピアノを弾いて美しい音楽を奏でている。それは魂としてのあなた。あなたは多次元に存在していて、人間として苦しんだり悩んだりもするんだけれど、あなたの魂はずっとそこに存在していて、ピアノに命を吹き込んでるように思えたんです。

 
それはとっても面白い見方だね。僕が考えてたことよりいいかもしれないよ。本当に素晴らしいと思う。そんなふうに解釈してくれて、ありがとう。

ーあなたが弾くピアノは、まるで生き物、命を宿しているように感じました。ピアノの中が見えて、アクションが絶え間なく動いている様は、鼓動のようにも脈動のようにも思えました。
 
素晴らしい!
僕は、ただピアノの中が見えたら美しいだろうな、って思っただけで、そんな深い意味を込めたわけじゃなかったんだけど、そんな風に受け取ってくれてとっても嬉しいよ。


自分の音楽が誰かを癒せるかもしれない。
それを自分のメインゴールにした。


ブルーノート東京のインタビュー記事で、あなたは
『この数年、多くの人々が孤独という闇の中に閉じ込められてきました。僕がこのアルバムでやりたかったことは、そうした心の闇に希望の光を灯すこと。(中略)でも人の心を照らすためには、まず自分の心の中を見つめ、人の心に届く光とは何かを問い直す必要がありました。』とお話しされています。あなたはどのように自分と向き合い、何を見つけたのでしょうか?

 
音楽は僕にとって常にセラピーのようなものなんだ。それはきっと僕以外の多くの人にとってもそうなんだと思う。音楽は幸せだったり喜びだったりをもたらしてくれるものだと思ってるんだけど、自分がピアノを弾くってことは、そういうのもの伝えたり表現したり繋げていくことだと思ってるんだ。悲しい時もピアノを弾いてると癒されるんだよ。僕の演奏を聴いてくれる人もいろんな状況の中にあると思う。そういう人にも僕の音楽が届いて癒すことができるかもしれない。そういうことを僕は自分のメインゴールにしたってことかな。
 
ーまさに共鳴、ですね。
 
そうだよ。その通り。


生命の呼吸、
一瞬のようにも思える人生という旅


ー今回はあなたのキャリア初のソロアルバムを携えての来日となります。ソロで演奏することと、バンドでやること、あなたにとってどんな違いがありますか?
 
ソロだとね、より一層自分のプレイに集中しなきゃいけないってことかな。
でも僕はソロピアノのライブをすることも大好きなんだよ。
だから前からソロアルバムをリリースしたいって気持ちはずっとあったんけど、なかなか時間がなくてね。
だからこういう形でソロアルバムを作れたってことはとっても嬉しいよ。
ソロでの演奏は、いつだって、自由だよね。
バンドでやるよりも自分自身のフィーリングをより自由に出せるし、音楽の呼吸も自分で作り出せるからソロピアノって僕は本当に大好きなんだ。
でももちろん、バンドも楽しいよ。
演奏前に仲間たちと一緒に作り出す空気感とか、エナジーとか、そういうのもとっても楽しいことだよね。 


ーなるほど。先ほど、“音楽の呼吸”と言われましたが、それはどういう意味ですか?
 
つまりテンポってことかな。他のメンバーがいるときは、テンポはこう、テンポの変わり目はここ、って決まっているけれど、一人でやるってときはそれも全部自由だし、なんだったら途中で止まって無音にしたっていいわけだから。
そういう自分の好きなように演奏できるということ、自分の中でテンポを自由にさせて曲を表現できるってことがソロピアノでの音楽の呼吸が作り出せるっていうことかな。音の強弱やダイナミクスも自分の自由だしより自分らしいことができるよね。
 
ーなるほど。面白いですねー。
私はアルバムの全体を通じて、呼吸のようだな、と思ったんですよ。
静かな曲で始まって、すごくダイナミックなところがあり、高揚したり、ワクワクしたりする曲があって、そしてまた静かな曲で終わっていく。それがまるで、人間の呼吸のようだ、と思ったんです。

 
そうだね。それがまさに僕のやりたかったことだよ。
Respire(息を吸う)という1曲目から Expire(息を吐く)最後の曲で終わるんだけど、この二つの曲の間、時間はまるで止まっているかのようで、息を吸ってまた吐いていくほんとに短い時間の中にいるように表現したかったんだ。そして何か別世界の大きな空間に飛び込んでいくような、そんなイメージを持ってもらいたかった。

ー素晴らしい!
このアルバム全体が、呼吸のようでもあるし、心臓の動く様にも思えたり。
収縮して、拡大して、っていうなんというかビッグバンというか、命の仕組みのようだ、って思っていました。

 
そうだね。そんなふうに捉えてくれると嬉しいよ。
生命の呼吸だったり、一瞬のようにも思える人生という旅、だったり、様々なアイデアを込めたからね。 

ーそれを踏まえて先ほどのP Vを見ても、あなたの意図とは違うでしょうけど、多次元な生命、みたいなものを感じてしまうんですよね。
 
自分の音楽が自分の手元を離れ、誰かに届いた瞬間から、僕のもの、では無くなるんだから、聴く人全てが自由に聴いてくれたらいいんだよ。
 
ーとにかく、本当に素晴らしいアルバムです。
そしてパンデミックを経て、あなたを岡山にまたお招きできることを本当に本当に嬉しく思っています。2019年にJam Kaのメンバーとして岡山の蔭凉寺で演奏されてるわけですが、覚えていらっしゃいますか?

 
もちろん!
 
ーあの夜もまるで魔法を見ているような、素晴らしい演奏で本当に素晴らしかったです!岡山にあなたが帰ってきてくれることを待ち望んでいるファンに一言いただけますか?

 
とにかくぜひライブに来てください!ってことかな。
きっと掛け替えのない体験をしてもらえると思うし、素晴らしいライブになる。だからとにかく、見に来てね!

ー日本の状況は、アメリカやヨーロッパとは少し違って、まだ独特の緊張感や、みんなと同じでないといけない、みたいな独特な閉塞感があって、たくさんの人が何か変だなと思いながらも、決められたルールを守ろうとしていたりするんですが、あなたがこのタイミングで日本に来てくれて、あなたの周波数が人々に素晴らしい影響を与えてくれるのをとっても楽しみにしています。
 
うん。日本に行くことが叶ってとっても嬉しいし、僕の演奏で心地よさを届けられたら、と思っているよ。多くの人に会えるのを心待ちにしてる!


忙しいスケジュールの中、終始穏やかに質問に答えてくれるグレゴリー。
男前なのはそのルックスだけにあらず、です。
日本ツアーの日程は以下の通り。
まだ間に合う会場もあると思うので、お近く場所にぜひ!
お近くじゃなくても行く価値はありまくりです。

Grégory Privat “Yonn” Japan Tour 2022

グレゴリー・プリヴァ「ヨン」ジャパン・ツアー 2022

2020年4月に予定していたトリオでの来日がキャンセルになって以来、満を辞しての来日公演が決定!! 今回は今年2月に発売したソロピアノ、キーボード、ヴォーカル作品「Yonn」のリリースツアー。

10月31日(月) 東京/ コットンクラブ
予約 http://www.cottonclubjapan.co.jp/jp/sp/artists/gregory-privat/
11月1日(火) 大阪/ ミスターケリーズ with special guest 小沼ようすけ
予約 https://misterkellys.co.jp/schedule2022-11/221101-2/
11月2日(水) 岡山/ 蔭凉寺
予約 https://gregoryprivat-okayama.peatix.com/
11月3日(木祝) 名古屋/ スターアイズ with special guest 小沼ようすけ
予約 https://www.staglee.com/events/6831/
11月4日(金) 札幌/ 渡辺淳一文学館
予約 https://peatix.com/event/3380159
渡辺淳一文学館website https://watanabe-museum.com/


インタビュアー:藤林史江 (sawubona music) /  通訳:吉村勇作








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