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ソニー・ロリンズ『ニュークス・タイム』

ソニー・ロリンズはジャズレーベルのリバーサイドでの録音を終えた数ヶ月後、ブルーノートに戻りリーダー・アルバム録音をします。
1957年9月22日、プロデューサーはアルフレッド・ライオン、レコーディングエンジニアはルディ・ヴァン・ゲルダー、録音はヴァン・ゲルダースタジオ。アルバムは『ニュークス・タイム』です。

1956年6月録音の『サキソフォン・コロッサス』がプレスティッジ時代のワンホーンの名盤であれば、『ニュークス・タイム』はブルーノート時代のワンホーンの名盤です。尖ったカッコよいサウンドです。

メンバーはリーダーのソニー・ロリンズ(テナーサックス)、ウィントン・ケリー(ピアノ)、ダグ・ワトキンス(ベース)、フィリー・ジョー・ジョーンズ(ドラム)のカルテットです。

収録曲は「チューン・アップ」、「エイジアティック・レエズ」、「ワンダフル!ワンダフル!」、「飾りのついた四輪馬車」、「ブルース・フォー・フィリー・ジョー」、「ネイムリー・ユー」の6曲です。


「チューン・アップ」はマイルス・デイヴィスのオリジナルナンバー、「エイジアティック・レエズ」はトランペッターのケニー・ドーハムのオリジナルでともにモダンジャズの名曲です。
ブロードウェイ・ミュージカルの曲「ワンダフル!ワンダフル!」と「飾りのついた四輪馬車」が続きます。「四輪馬車」はジャズのスタンダードナンバー化しています。ドラムのフィリー・ジョーに捧げた「ブルース・フォー・フィリー・ジョー」はロリンズのオリジナルナンバー、最後に「ネイムリー・ユー 」です。

ブルーノートでの録音は3作目です。前2作のアルバムタイトルは『ソニー・ロリンズVol.1』と『ソニー・ロリンズVol.2』のため本作は『Vol.3』でも良いはずですが、そうはならず『ニュークス・タイム』です。英語では『NEWK′S TIME』。このニューク=NEWKはソニー・ロリンズのニックネームです。

ところで

『ニュークス・タイム』はマイルス・デイヴィスが絶賛するロリンズとフィリー・ジョー・ジョーンズの二人のコラボレーションに変幻自在のウィントン・ケリーと安定のダグ・ワトキンスを加えたセッションです。

ジャズ評論家レナード・フェザーは「ソニー・ロリンズの豊かな才能を最初に認めたのは、おそらくマイルス・ディヴィスだった」(引用①)と語っています。そのマイルスは自叙伝で「フィリー・ジョーこそ、すべてが起こり得るための炎だった。彼には、オレのやることの全部が、オレが演奏しようとしていることのすべてがわかっていた」(引用②)と回顧しています。

『ニュークス・タイム』はマイルスが見出したふたりを、ブルーノートのプロデューサーのアルフレッド・ライオンが音楽的な相性の良さを録音で結びつけます。
ソニー・ロリンズの新しい音楽的アイディアを引き出し、フィリー・ジョー・ジョーンズからはマイルス・デイヴィスの第1期黄金クインテットのリズム隊で叩く、録音で残るドラミングとは異なる勢いあるリズムを引き出しています。その演奏をルディ・ヴァン・ゲルダーが録音することでブルーノートのサウンドに仕上がっています。

ジャズは名盤を飛び石的に聞きがちです。飛び飛びと言っても結果論でブルーノートの名盤ばかり買いこんで愛聴しています。気がつくと。なのでジャズの音はブルーノートサウンドが馴染み深くなります。

ソニー・ロリンズは1957年初頭よりいくつかのジャズレーベルにリーダーアルバムを吹き込んでいます。ちょっと珍しいです。アルバムを録音順に聴いていくと、レーベルの固有サウンド、プロデューサーの考えの違いがよくわかります。

前作はリバーサイドレーベル、プロデューサーがオリン・キープニュースで録音はジャック・ヒギンズ、スタジオはReeves Sound Studiosによる『ザ・サウンド・オブ・ソニー』。歌うロリンズです。

本作と前作を聴き比べるとサウンドの違いがあり、巨人ソニー・ロリンズと言えども、ひとりでアルバム制作しているのではなく、おおくの人々が関わった結果ということに気がつきます。仕上がりがブルーノートのエッジが効いたサウンド、リバーサイドはマイルドな翳りのあるサウンドです。

聴後感

ソニー・ロリンズとフィリー・ジョー・ジョーンズの音楽的コラボレーションは、マックス・ローチ(アルバム『ソニー・ロリンズVol.1』のドラマー)やアート・ブレイキー(アルバム『ソニー・ロリンズVol.2』のドラマー)とのそれに比べるとおだやかで、しかしホットに絡み合ったサウンドになっています。
フィリー・ジョーは激しいドラムソロよりは、堅実なドラミングと、単調というよりも臨機応変にリズムを作ります。一歩後に下がった感じで演奏します。

セッションの音楽的枠組みは、マックス・ローチやアート・ブレイキーの場合と同じようにインタープレイを重視しますが、フィリー・ジョー・ジョーンズはソニー・ロリンズをけしかけるようなドラムで競って、音の埋め合いをするようなことはしません。前のめり気味になることもないです。

「チューン・アップ」や「エイジアティック・レエズ」、「ワンダフル!ワンダフル!」はホットなシンバルから始まったり、その演奏が聞けますがフィリー・ジョーが熱くなってそう叩きたいからというよりもロリンズのテナーの登場にいちばん適したドラミングになっています。

フィリー・ジョー・ジョーンズはロリンズのメロディーラインを補強する役目を楽しでいるかのように聞こえます。マイルスが言うように、フィリー・ジョーはロリンズの心を読み、ロリンズの考えていることを感じいるかのようです。

マイルスは「チューン・アップ」をプレスティッジに『クッキン』(1956年10月)と『ブルー・ヘイズ』(1953年5月)に吹き込んでいます。録音順は逆ですが、私はその順序で聴いてきました。

『クッキン』バージョンはジョン・コルトレーン (テナーサックス)が参加しドラムはフィリー・ジョーが叩くクインテット演奏、『ブルー・ヘイズ』バージョンはマイルスのみのワンホーンのカルテットでドラムはマックス・ローチです。
『クッキン』の第1期黄金クインテットの「素晴らしい演奏」と『ブルー・ヘイズ』のクールにドライブするワンホーン演奏があるにもかかわらず録音に挑んだソニー・ロリンズの「チューン・アップ」は挑戦的に感じます。マイルスの演奏も良いし、ロリンズも良い。

「エイジアティック・レエズ」はケニー・ドーハムのアルバム『クワイエット・ケニー』に収録されています。同曲異名の「蓮の花」です。どうして異名にしたのか。わからないところです。

フィリー・ジョーのサポートを得て、ロリンズはソロを吹きあげます。「飾りのついた四輪馬車」はピアノレスでベースレス。ロリンズとフィリー・ジョーのデュエットです。テナーサックスとドラムの絡み合いでもフィリー・ジョーはロリンズを刺激しない。同曲の録音はいろいろありますが、テナーサックスとドラムの合奏は革新的です。

「ブルース・フォー・フィリー・ジョー」はフィリー・ジョーへ捧げらたロリンズのオリジナル曲です。フィリー・ジョーはメロディに合わせてバウンスさせるところが心地よい軽快な一曲です。ちなみにロリンズはベーシストのポール・チェンバースにも一曲捧げています。『テナー・マッドネス』の「ポールズ・パル」。さらに言えばチャーリー・パーカーにはアルバム『ロリンズ・プレイズ・フォー・バード』です。

最後の「ネイムリー・ユー」はミディアムナンバーです。これまでのウィントン・ケリーの演奏はロリンズの合間を潜り抜けるようにピアノを弾いてきましたが、この曲はウィントンの自己主張する伴奏に合わせてロリンズが深みあるテナーを聴かせます。

ところで『ニュークス・タイム』は1957年9月22に録音されました。その1週間前の9月15日にこれも名盤ジョン・コルトレーン 『ブルー・トレイン』がプロデューサーはアルフレッド・ライオン、レコーディングエンジニアはルディ・ヴァン・ゲルダー、スタジオはヴァン・ゲルダー・スタジオで吹き込まれます。ドラムはフィリー・ジョー・ジョーンズです。

『ニュークス・タイム』と『ブルー・トレイン』は録音のあいだが1週間しかありません。時間の短さと比べるとサウンドの違いは大きいです。ジャズの面白いところだと思います。

引用先
①中山康樹『超ブルーノート入門』2002 集英社新書
② マイルス・デイビス/クインシー・トループ『マイルス・デイビス自叙伝1』2000宝島社文庫

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