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マイルス・デイヴィス『コレクターズ・アイテムズ』のA面

名盤には迷録音があると言いたくなるアルバムがある。マイルス・デイビス『コレクターズ・アイテムズ』(プレスティッジ)のA面はそうに違いないと感じます。

🔴そもそも

1953年1月30日にレコード基準でA面のレコーディングを行う。テナーサックスにソニー・ロリンズとチャーリー・チャン、ピアノにウォルター・ビショップ、ベースはパーシー・ヒース、ドラムはフィリー・ジョー・ジョーンズ。チャーリ・チャンは変名で本名はチャーリー・”バード”・パーカー。他のレコード会社との契約で変名を使った。

🔴A面の聴こえ方

A面は3曲収録されマイルスの2曲のオリジナル「蛇の歯」と「コンパルション」、セロニアス・モンクのオリジナル「ラウンド・ミッドナイト」。なお「蛇の歯」はふたつのテイクが収録されている。

「蛇の歯」はピアノ・ベース・ドラムのリズム隊の演奏のなかで良く聞こえる音はベースです。8ビートを刻み、ドラムはそれにアフタービートで合いの手をいれる。ピアノは目立って聞こえない。

安定したリズムが築かれるので、テナー・サックスそしてトランペットも自在にフレーズを奏でていく。

テーマはハーモニーを重視し長く伸びやかな音色のテナーが担う。テーマの終わりにファンファーレのような演奏をトランペットがする。これがテーマの引き締めと華やかさを添える。一息の長いフレーズをテナーサックスが担う曲です。

「ラウンド・ミッドナイト」はうって変わってトランペットとテナーサックスが曲を引っ張って行きます。ベースは目立たず落ち着き、ドラムはブラッシングで忍び寄る。ピアノは間奏にまわる。
トランペットがテーマを奏でると、テナーサックス、ピアノが伴奏的に挑発的に絡み合うのが美しい。

「コンパルション」は再びベースがビートを担います。リズムの安定を活かしてテーマは短い音を繰り返し、歯切れ良いフレージングが続く。

曲が進むにつれてテーマの後ろで並列あるいは沿ってテナーサックスの自在なアドリブ演奏が奏でられる。テーマが始まり、アドリブが続く、テーマに戻って曲を終えるというよりも、テーマとアドリブが絡み合い一体となっています。

🔴名盤の迷録音

A面のマイルスのオリジナル曲はトランペットを吹きまくる、テナーサックスが音の数を多くブロウするではなく、ビートの安定にのってハーモニーを大切にする曲から構成されています。

テナーサックスの伸びやかな音色が中核となり、サックス奏者が必要となるのがA面と感じます。なのでソニー・ロリンズやチャーリー・パーカーのサウンドが曲として必要となり、頑張ってもらうことが必須です。ふたりは見事に応えている。

名盤の名演奏が出来上がったのだけれども、名盤の迷録音でもあるのがこのアルバムです。

🔴自叙伝から

マイルス・デイビスの自叙伝に当時の様子が語られています。

制作サイドはレコード会社がプレスティッジ。ボブ・ワインストックが社長兼プロデューサー。当時プレスティッジで働いていた、ライナーノートも書く、アイラ・ギトラーがレコーディングのコントロールルームにいる。

演奏者にはチャーリー・チャンことチャーリー・”バード”・パーカーが伝説通りの行動をする。バードがなんともすごい。

マイルスはバードに手を焼くことになる。バードはレコーディングのリハーサル時点でウォッカをがぶ飲みしてしまう。レコーディングセッションとなるとウォッカがまわってベロベロとなっている。

🔴チャーリー・パーカーのふるまい

さらにバードの振る舞いは周りに及んでくる様子をマイルスが語る。

「まるでリーダーが二人いるようなレコーディングだった。バードはオレを、息子か奴のバンドのメンバーのように扱った。だが、これはオレの録音だったから、なんとしても奴をちゃんとさせなきゃならない」マイルス・デイビス/クインシー・トループ 中山康樹訳『マイルス・デイビス自叙伝1』宝島社文庫

マイルスがリーダーで彼のアルバムのレコーディング。当然黙っていられない。バードはマイルスを息子かメンバーのように扱ったと語るが、このバードの振る舞いは他のメンバーにも及ぶ。ソニー・ロリンズだ。

🔴ソニー・ロリンズは語る

ソニー・ロリンズはその時の様子をインタビューでこう語っている。

「マイルスの(《蛇の歯》、《ラウンド・アバウト・ミッドナイト》53年1月)セッションの時、顔を合わせたバードは、音楽と生活で私がやるべきことを、諄々と説いてくれた。(省略)生きている目的は音楽であり、音楽は至上のものなのだから、それを阻害するようなものは断固として止めるべきだと忠告してくれたのである」油井正一『ジャズの歴史物語』角川文庫

ソニー・ロリンズの語りを読むと、マイルスの言うところ「バートがマイルスを息子や奴のメンバーのように扱う」中身がわかる。ロリンズはバードから薫陶をうける。

「あとになって、私は彼の忠告を有り難く受け入れ、いわれた通りのことをしたのだが、その報告をしようと思った時、彼はすでにこの世を去っていた」油井正一『ジャズの歴史物語』角川文庫

マイルスはこの二人のやり取りをどんな気持ちで眺めたのだろうか。マイルスの自叙伝にはバードとロリンズのやり取りはないが、「あんた達、いい加減にしろ」おそらくこんな感じだったのではと思います。

🔴マイルスどうする?

ついにマイルスはバードに怒りが爆発する。

「やめろ。オレはお前のレコーディングでそんなことはしなかっただろ。いつだってプロとして、ちゃんとやったじゃないか」
 あの野郎、なんて答えたと思う?
 「わかった、わかった。スイレンから美を生み出すには苦しまねばならぬ。牡蠣から真珠が生まれるようにな」
こんな類のことを、あのふざけたイギリス訛でぬかしやがったんだ。で、眠り込んじまいやがった。マイルス・デイビス/クインシー・トループ 中山康樹訳『マイルス・デイビス自叙伝1』宝島社文庫

バードは酒を飲んでベロベロ、先輩ヅラ、ついに眠りだしてしまう。いわゆる単なるよっぱらいです。

制作サイドからも注文がつき始める。レコーディング場のコントローム・ルームにいたアイラ・ギトラーは、ルームから出てきて「演奏になっていないな」とあきれた様子でマイルスに語る。マイルスは嫌気がさして帰ろうとする。

🔴天才はやはり違う

するとバードはマイルスを引き止める。

「マイルス、何をしてるんだ?」でアイラがオレに言ったことを伝えると、奴は「おい、何いってるんだ、マイルス。さあ一緒にやろう」ときた。マイルス・デイビス/クインシー・トループ 中山康樹訳『マイルス・デイビス自叙伝1』宝島社文庫

大酒を飲んでベロベロになり眠り込んでしまうが、バードはロリンズに語った考え方は一貫しているような気がします。

バードはマイルスにも「音楽は至上のもの」だから「それを阻害するもの」は「断固として止めるべきだと忠告」しているとも捉えられます。帰るなんて音楽演奏を阻害することだ、演奏を一緒にしようや、と。

マイルスも結果的に正しいアプローチをとった。レコーディングをめちゃくちゃにしやがるバードとは一緒にやってられない、オレは帰る。ギトラーがマイルスに語ったことをバードに伝えると「奴をちゃんとさせること」ができた。

アプローチは怒って嫌になってオレ帰る方法と周りの客観的な意見を伝える。「帰る」と「周りが言ってよ」的なアプローチは仲間のモチベーションを上げたりする。

🔴迷録音は?

レコーディングはどうだったか。

「それからオレ達は、本当にすばらしい演奏をした」マイルス・デイビス/クインシー・トループ 中山康樹訳『マイルス・デイビス自叙伝1』宝島社文庫

『コレクターズ・アイテム A面』はマイルスは怒り心頭、ロリンズは薫陶中、バードは酔っ払い、ギトラーは匙を投げた迷録音状況で名演奏がなされ感動する名盤としていつまでも聞くことができる。

🔴ボブ・ワインストックの教訓

このあとにもマイルスはプレスティッジで録音が続く、メンバーにはバードはいない。その理由をマイルスは語る

「ボブ・ワインストックは、1月のバードとのレコーディングに嫌気がさしていたから、今度ばかりは信頼できるミュージシャンを集めた。」マイルス・デイビス/クインシー・トループ 中山康樹訳『マイルス・デイビス自叙伝1』宝島社文庫

社長兼プロデューサーのボブ・ワインストックがいちばんバードに怒り心頭だった人かもしれない。
周りを変えるやり方はいろいろあります。オレ帰るわ、みんな言ってるぞ、絶対そうだって、は仲間のモチベーションや状況を変える力があるアプローチだと思います。けれども、ボブ・ワインストックには通じなかった。

アルバム マイルス・デイビス『コレクターズ・アイテムズ』(プレスティッジ)1953年1月録音



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