見出し画像

渡り鳥を調べる!!コクガン標識調査の成果のご報告

秋の渡り時期に野付湾に飛来するコクガンが、どこに渡っているのか?標識調査から明らかになったコクガンの移動をまとめた論文が公開されました。

Sawa Y, Tamura C, Ikeuchi T, Shimada T, Fujii K, Ishioroshi A, Tatsuzawa S and Ward D. 2020. Evidence of Brent Geese Branta bernicla moving between an autumn staging area in east Hokkaido and wintering sites in west Hokkaido and northern Honshu. Ornithological Science 19: 211-216

この論文は、鳥に足環をつけて、その鳥がどこに行くのか調べるという「鳥類標識調査」を実施し、その成果をまとめた論文です。
そもそも、鳥に足環をつける調査って何?という方は、ぜひこちらもご参照下さい。

鳥にも装着できる小型発信器やウェアラブルカメラが開発されている昨今、「鳥に足環をつけて、それを観察した人から連絡をもらって、地図にプロットしていく。」という、ものすごくローテクなことをしているわけですが、これが渡り鳥の生態を調べる原点であり、今後の応用研究への足掛かりになるものだと考えています。

(背景まで説明すると、2500字の長文になってしまいました。。。面倒な方は太字だけ追ってください。)

■ 論文の要点

さて、この論文の要点は以下の2つです。

① 東アジアの中で最も重要な場所での調査
 コクガンの最も重要な中継地である野付湾で標識調査を実施した。

② 中継地と越冬地の繋がりを明らかにした

 秋の渡り時期に野付湾に飛来したコクガンが、日本国内の越冬地(琵琶瀬湾、函館、下北半島、岩手・種市、志津川湾)に渡って行ったことを、足環を装着したコクガンが再確認されることにより明らかにした。

以下の図は、野付湾で足環をつけたコクガンが、琵琶瀬湾、函館、下北半島、岩手・種市、志津川湾まで移動したということを示したものです(論文より引用)。

トップ

これがほぼ結果の全てです。一見すると、「へー、中継地から越冬地まで渡って行ったんだ」ということだけしか読み取れませんが、これをコクガンの生態とあわせて見ることで、この図の意味を深く理解することができるはずです。

まずは、野付湾という場所の特殊性からご説明します。

■ 野付湾の重要性

コクガンを捕獲した野付湾ってどんなところなのか?ぜひ、Google Mapの衛星写真で見てみてください。

ご覧のように、非常に特徴的な形をしています。砂嘴(さし)と呼ばれる地形が、26kmにもわたって根室海峡に突き出しており、その内側にできたのが野付湾です。

湾内は水深4m以下の浅海が広がっており、アマモが豊富に生息しています。この豊富なアマモのおかげで、野付湾には東アジアで越冬するコクガンのほぼ全てが渡りの途中で立ち寄る、東アジア最大の中継地になっているのです。

その数は、2018年11月に数えてみると、8,600羽にもなりました(Sawa et al. 2020)。
東アジアで越冬するコクガンの推定数が、8,700羽(Wetlands International 2012)となっているので、ほぼ全てが野付湾を通過していくことになります。

まさに、「全てのコクガンは野付湾に通ず」ということです。東アジア限定ですけどね。
この野付湾がなくなったり、環境が悪化したりすると、東アジアのコクガンは壊滅する、それくらいコクガンという渡り鳥にとって重要な場所なのです。

実際、渡りのピーク時に、野付湾でコクガンを見ると、その迫力に圧倒されます。

画像3

そんな重要な場所である野付湾。これまで、研究者が目を付けないわけがありません。しかし、沖合に浮かぶコクガンを捕獲することは至難の業で、これまで野付湾で捕獲が成功したことはありませんでした。

■ 野付のコクガンの行先解明の第一歩

コクガンの研究を進めていくには、野付湾での捕獲は越えなければならない壁です。私たちは、2016年から何度も下見をして、捕獲場所や設置する罠を考え、ついには2017年11月に、初めて野付湾でのコクガンの捕獲に成功したのです。
あまりにうれしかったので、捕獲方法や捕獲したときの気象条件を論文にまとめています。

Sawa Y, Tamura C, Ikeuchi T, Fujii K, Ishioroshi A, Shimada T and Ward D. 2019. A leg-hold noose capture method for Brent Geese Branta bernicla at staging or wintering sites. Wildfowl, 69: 230-241

そして、2017年には4羽、2018年には20羽を捕獲することに成功し、コクガン研究の道を切り開くことができたのです。
捕獲した24羽には足環を装着しています。さらに、そのうち12羽には発信器を装着しました。今回の論文の成果は、足環をつけたコクガンのうち、6羽が、日本各地のバードウォッチャーにより再確認された記録をまとめたものです。
(発信器による結果は、現在、論文投稿中です。11月には公開できるかと思います。)

■ 日本の主要越冬地に分散するコクガン

野付湾は真冬には全面結氷するため、コクガンは移動せざるを得ません。結氷ぎりぎりまで残っている個体もいれば、その前に渡っていく個体もいます。2018年の野付湾での個体数の推移は、下記の通りでした(論文より引用)。

個体数_野付2018

11月頃からだんだんと野付湾の個体数が減っており、越冬地にむかっていることがわかります。各越冬地での個体数推移がないのが残念ですが、コクガンが野付からいなくなる12月末以降に、標識個体が各越冬地で観察されています。

黄33番 2017/11/22 野付湾で捕獲 → 2019/03/03 岩手・種市
黄44番 2017/11/22 野付湾で捕獲 → 2018/02/10~20 琵琶瀬湾
黄07番 2018/10/30 野付湾で捕獲 → 2019/02/11 下北半島
黄19番 2018/11/2 野付湾で捕獲 → 2019/01/04~4/4 函館湾
黄22番 2018/11/3 野付湾で捕獲 → 2018/12/29~2019/1/6 琵琶瀬湾
黄27番 2018/11/6 野付湾で捕獲 → 2019/01/30 志津川湾

さらに、足環をつけたコクガンが観察された場所は、見事にコクガンの主要な越冬地になっているところでした
重要な生息地同士を1羽の鳥がつなげてくれたことがよくわかります。この”つながり”が、渡り鳥を守っていくためには非常に重要なカギとなるのです。

各地飛来

野付湾は、コクガンにとって重要な中継地であることが先に述べましたが、野付湾だけではコクガンは生きていけず、そのため、冬を越せる場所にさらに渡っていきます。
冬を越すために渡って行った先の環境が壊れてしまうと、コクガンの行き場がなくなり、冬になると路頭に迷ってしまいかねないことになります。
渡りのルート上の環境をセットで守っていかねばならない、ということがこの移動データからも明らかになってくるのです。

■ 残されたコクガンの渡りの謎

秋に野付湾に集結したコクガンが、日本各地で越冬していることが上記の通り、明らかにすることができました。では、全ての個体が日本各地で越冬しているのでしょうか?
これを解く一つのヒントが、道東コクガンネットワークが、2014年から2017年の間に実施した「全国コクガン一斉調査」の結果にあります。

藤井 薫(2017)日本におけるコクガンの個体数と分布(2014-2017年).Bird Research 13: A69-A77.

この調査では、コクガンの飛来記録がある場所を中心に、3年間にわたり全国32か所で、秋、冬、春のコクガンの個体数を数えました。その結果、日本全国のコクガンの渡来数は,秋期は8,600羽,冬期は2,500羽,春期は3,100羽と推定されました。

個体数_日本

秋に記録された8,600羽のうち、約6,000羽は日本で越冬していないということになる?どこに行ったのか?
大陸方面にわたっていくのか、観察されにくい沖合で大量に越冬しているのか。
この謎を解くためには、標識調査を継続していくほか、発信器による追跡が有効です。その結果については現在投稿中の論文が公開されましたら、改めて解説したいと思います。(11月下旬予定です!)

※表紙写真:Koji Yotsuyaさんからご提供いただきました。

渡り鳥の研究には、旅費や発信器購入、罠の作成など、そこそこのお金がかかります。もちろん科研費や助成金などを最大限獲得していますが、それだけでは大変厳しく、手弁当も多いです。渡り鳥についてもっと知ってみたいという方々のご支援よろしくお願いします。