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【完結・ガチ解説編】90年代が生んだ英雄。


さてまたきたよ本家過去記事使いまわし。
だからなんだ別にいーだろ。


とゆーわけでいきます前回80年代編からの、、、

年代別カルチャー解説、完結編です。先に断っておきますがこの記事は単なる私の独断偏見ただの感想であります。

なので当然記事の内容には違うだろそれ!またはてめーの意見が正しいと思って勝手な発信すんなボケ!と思われる部分も多々あるかと思います。があくまでこんなもんは個人の見解、いや感想でしかないので批判があればありがたく受け止めたい次第です。じゃどーぞ本篇。










さて今回で既に続続続編

この調子で行けばまだまだ

続続続続続続続


いい加減にしろ。

キリがない。

読むのめんどい。


様々なお声を頂き、今回で一旦完結編とさせて頂くこのシリーズ。やはり後先考えず書き始めるとこうゆう事になりますな。たーだ仕方ない面もあるよ年代史だからそりゃ続くでしょ続いちゃうでしょ書いてるうちにあ!あれもあった!これもあった!なんてこともザラにあるでしょ。という言い訳しておきます。

じゃ早速いくよ長いよ引き返すなら今のうちだ。











70年代は不満爆発パンクでデストロイ。


80年代はゴリゴリ飽きてパーリピポ。


皆ホップステップダンシンぐぅぅぅ。


てな具合に華やかな空気が世に漂う中、
2つのバンドが強烈なパンチを撃ち込む。

ガンズメタリカである。






この2バンドが世のなんとなくチャラチャラした空気に真っ向から逆らい、社会に対してオマエラ女遊びばっかしてドラッグやって嘘ばっか並べてヘラヘラしてんじゃねーよ!と強烈なメッセージを叫ぶと次第に世間もそれもそうだとそちらにシフト。こんな感じで80年代後期は遊んでばかりじゃいられない、少しは社会意識も持たなきゃなと少しお堅くなりつつありました。とか言ってメタリカはゴリゴリの純メタルでメッセージもガチガチではあったけどもガンズはどーなんだろとは思いますが。君達そんなゆーといて私生活とかガチガチにドラッグ・・・・・詳細は過去記事でガンズの破天荒ぶりをどうぞ。


例えばガンズの場合。


要は70年代~80年代にかけても同じなんだけど、みんな飽きたら次の新しいものを求めるんよね単純に。そしてこの2バンドが80年代後期に絶大な支持を受け、莫大なセールスを叩きだし時代は90年代へ突入する。


ここでも今までと同じく音楽界に変革が起こる。


ガンズとメタリカは社会に対するメッセージを掲げ、若者を先導したはいいけどガンズなんかは特に初めの頃は自分らのアルバム買うな!とか言ってみたり俺らは売れるためにやってんじゃねー!ただやりたいことをやってるだけだ!なんて言ってたのに結果売れちゃった。そりゃもうたいそうお金持ちにもなっちゃった。そう辻褄が合わんのである。なので人気も少しづつ落ちていく。


そう。

要するに。

みんなまた飽きたんである。

次の何かを求めて。

そこに現れたのが・・・


グランジ

である。このグランジと呼ばれるジャンルの音楽は、なんてゆーかロックではあるんだけど音はそこそこ重く、ハードコアほど特別速くも激しくもない。だけどメタルやパンクの要素もあったりして言い方悪くなるが、捉えどころのないロックって感じ。


このグランジの代表格とされるバンド『パールジャム』『ニルヴァーナ』『サウンドガーデン』『アリスインチェインズ』などが実は80年代後期から水面下でジワジワきてて、90年代に表舞台に登場する。なぜここにタイムラグがあるかってゆーと、そもそも80年代を席巻したガンズやメタリカ、LAメタルと呼ばれるロックはLAってゆーくらいだから当然アメリカの西側で発展したものだけど、このグランジはその反対のシアトルで産声を上げてるので出始めの頃は認知度も低く注目もされてなかったんである。


このシアトル発のバンドがそれぞれ地道な活動で少しづつ世間に認知されはじめた91年。ニルヴァーナの『NEVER MIND』全米1位となり、ついにグランジが火を噴く。

過去記事にも書いたがこの誰もが1度くらいは見たことあるジャケ写。これがニルヴァーナの金字塔アルバムである。このジャケ写についての揉め事も現在起こってますがそれはそれでまた過去記事にて。


30年越しの言いがかり。


そしてタイトルにもある90年代の英雄、それこそがこのニルヴァーナのリーダーでありVo.でもあるカート・コバーンである。

まずカッコエエ。

人気が出るのも頷ける。しかしカートはこの爽やかなルックスにも関わらず言う事過激。過激というか、80年代が生んだロックスターへの痛烈な皮肉と不満と怒り。カートは80年代の音楽業界が音楽を商業化させるためにスターを作り上げ、金を稼ぎ、華やかなロックスターに群がる人々に対しそれを虚像、偽物、くだらないバカの集まりと言い放ち真正面からぶつかる。これが人々の心を強烈に惹きつけた。


特に80年代を代表するロックスターであるガンズに対しては『あいつらはただのファッション野郎だ』とか、メタリカに対しては『あいつらには俺のバンドのTシャツでも着させて宣伝でもさせてやる』とか、マドンナに対しては『ブタ』呼ばわり、ヴァン・ヘイレンには『クソみたいなヘビーメタル』とこき下ろし、まさに言いたい放題。が、この歯に着せぬ発言が世間の興味を引き、社会現象にまでなるのである。


ここで70年代を思い出したあなたえらいちゃんと読んでくれてるね~、そう70年代のシド・ヴィシャスと人気の出方がどことなーく似てるんである。似てないのはルックスはもちろんだけどシドは半分作られたスターで、カートはガチガチの本物だとゆーところ。もちろんシドは僕個人も好きだし悪口言ってるわけじゃないんだけど、シドは人としてパンクロッカーに徐々になっていったのに対し、カートは本当の意味でのパンクロッカーだったんである。


カート・コバーンに華やかさや所謂スターのオーラというものは全くない。画面越しからも伝わってくるバンドの音と見た目は重くて暗くて歪んでて鬱蒼としてる。言ったら顔がカッコいいだけの大人しい陰キャが急に太陽の元に晒された感じにも見えて。嫌々ダルそうに演奏してるようにも見えて。それがカッコいいともてはやされるなんて本人微塵も思ってなかったから。


実際カートは子供の頃の両親の離婚にえらいショックを受け、引きこもりとなる。部屋で好きで聴いてた音楽がパンクだったりしたので、パンクの思想の根源でもある反骨精神はこの頃から生まれたんだろう。本を借りてきて読んだり、絵を描いたりするのも好きだったり、デビュー前のカートはほんとに普通の引きこもりのお兄ちゃんだ。性格も内向的で精神的な病気も抱えてた。ウイリアム・バロウズの『裸のランチ』

(映画化されたクローネンバーグ監督作品はタイプライターがゴキブリに変身したり世界観全てウルトラカオス状態。)


が好きで、そこからも影響を受けてると本人も言ってるあたり、少し重度の引きこもりだったのかなと思う。


学生時代はバンドもやったりしてたが、カートの音楽センスやテクニックが周りと合わずにぶつかってやめてたり。カートはパンクやりたかったのに周りはメタルをやりたいとか言うもんだから、益々カートはメタル=商業音楽に対して敵意を持っていく。後々振り返ればロックやメタル、ガンズとメタリカにしても全部が商業音楽とは言わないと思うんだけど、思春期だったカートからしたらTVや雑誌でパッと目に入る彼らがあんなにキラキラしてたらそう思っても仕方ないのかな。


80年代の華やかキラキラ金持ちワーキャーパーリーロックスター産業にド真正面からぶつかる、このカウンターカルチャーの申し子のような思想を持つ、けどどこにでもいそうな陰キャなお兄ちゃんこそが、図らずも時代のロックスターになってしまうんである。


こうなると世の中の動きは速い。瞬く間にスターになったNIRVANA、いやカートはあっちこっちから引っ張りだこ。TVつけりゃカート見ない日は無いしラジオからも『Smells Like Teen Spirit』


が流れなかった日は無い。くらいの勢い。ファッションモデルにも抜擢されオシャレ番長に祭り上げられるわ女の子はワーキャー言うわ、そんなん全く望んでなかった大人し~いカートにとっては苦痛以外のなにものでもなかったんだろう。でも彼女も出来て結婚もして子供も出来て、悪い事ばっかでもなかった。セールスもどんどん伸びて収入も増え、言ってみりゃ順風満帆だった。


ように見えた。


周りから見たら本当のことはわかるわけない。カートの生い立ちや本当の性格、本当にやりたかったことなんて世の中は全部無視。だってスターだから。スターは祭り上げられファッションのアイコンにもなり、まるでアイドルのような扱いを受ける。


ほんとは違うのに。


自分の結婚式にパジャマで出席し、ヒゲを剃るのも面倒で、服なんかなんでもいいしパンク好きだからボロボロの服でも気にせず出かける男が雑誌の表紙ではファッションのアイコンとして扱われるんだからデタラメな話だ。


元々アンダーグラウンドを主戦場として音楽やってたカートがこんな状況に耐えられるわけがない。そもそも最も嫌ってた世界の1番高いところにまさかの自分がいるんだから。あんなに嫌いだったファッションモデル、嫌いだった金持ち、嫌いだったロックスターこそが今の自分だなんて、カートはたいそう悩んでた。精神的にも益々病んでドラッグも乱用。曲を書くのも演奏するのもだるい、楽しくない、だって拍手喝采されるために音楽やってるわけでもないのにどこ行っても喝采浴びる。ライブもやりたくなけど周りはやれって言う、スターだから。最悪である。遺作となったアルバム『イン・ユーテロ』

を聞けば少しは察することもできたはずなのに、世間は無視したんだなこれが。そしてカートはロックスターになるキッカケとなったアルバム『NEVER MIND』が発売された3年後にあたる1994年、、、







自宅で猟銃自殺。

部屋でカートは1人で薬物を乱用、遺書を殴り書きして自分の頭をショットガンで撃ち抜くという悲劇。90年代のロックスターは突如現れ、突如いなくなった。これが悲しい事にこのことがキッカケで世間はますますカートを神格化。亡くなった後にカートを『世界の最も偉大なギタリスト』とか『世界の最も偉大なシンガー』とか『世界の最も偉大なソングライター』とか祭り上げる。追悼番組もバカスカやってみんなで偉大なロックスターを追悼する。




まだやんのかよ。

今でもそう思います。カートはそんな偉大なもんじゃないし普通のお兄ちゃんだったし神格化とかそんなん1番望んでもなかったし。色々含めてスターではあったけど、スターって言うならせめて本人の意思を尊重してあげて欲しいわ、とクソマスメディアに思います。ちなみに70年代のスターであったシド・ヴィシャスもカートと同じく悲劇の自殺を遂げてるんですが、これはあえて触れません。シドはシドで彼女を殺して自分も後を追うという衝撃的なものでしたが、カートのケースとは背景が全く異なります。どちらも悲劇ではあるけど、スターの地位を全うし暴走して周りの静止も聞かずいくとこまで行ったシドとカートの死はまた意味が違うと思いまして。


ちなみにこのカートの死については、

陰謀論として他殺説もあります。

妻であるコートニー・ラブが薬物依存者であったこともあり、コートニーがこうなるよう仕向けた説やFBIまで絡む説など。更には27クラブと呼ばれる、カートと同じく27歳で命を落としたスター達との因果関係。特に怖いのがNIRVANAを輩出したシアトルだけで1994年に3名が死亡してるとゆー事実。内2名がコートニーと関係ある人物であること。1人がカート、もう1人がコートニー率いるバンド『ホール』のメンバーであり、このメンバーはカートの死から2か月後に自宅でオーバードーズにより死亡。などなど。どちらもドラッグ絡みのコートニー絡みとなるとこりゃ陰謀論も出ますわ。まぁこの手の話はスターの死には付き物ですけどね。


とにかくこのグランジという音楽。そもそもなんでブームになったのか僕は今でもあんま理解できません。暗すぎる。NIRVANAのNEVERMINDだって売れはしたけどこんな曲もあるし


グランジの雄とされるパールジャムとサウンドガーデンはあんまり聞いてないので詳しく知りませんが、アリスインチェインズとかに至ってはこんなん


ですから車椅子でライブもすごいがこの空気の重さは別次元。まるで異空間です。暗い重いしかない究極の病みロック。まぁこのバンドのVo.だったレイン・ステイリーはこの異常な雰囲気からもわかる通りゴリッゴリのジャンキー

だったので、そりゃ作る音もこんなんなるかーとも思いますが、レインもレインで後にオーバードーズで命を落としてます。これもこれで悲しい出来事なんですが、レインクラスになるとあ~やっぱそうなっちゃったか~的な感じに。とまぁとーーーーーにかく重たく陰湿なこのグランジがブームになった90年代ってのは僕の中の7不思議の1つでもありますね。同じく90年代にはグランジ以外にモダンヘヴィネスと呼ばれるジャンルやミクスチャーも誕生しており、ここから2000年代にかけて音楽そのものが劇的な進化を遂げる時期となります。







ここに貼ったレイジアゲインストザマシーンリンプビズキットKORNリンキンパークスリップノットらはまさにこの後の時代、どころか今でもこのジャンルの先駆者、アイコンとして世界中にその名を轟かせてます。今更ながらほんとはこっちサイドの方が個人的に好きだから書きたかったな~とか思ってたりして。。。ま、90年代史でカートを語らないわけにはいかなかったのでそれはそれで。


時代は巡る、とはよく言いますが本当に初めから出来上がってたストーリーの如く時代は繰り返すもんです。各年代に誕生していくスターとその最後。冷静に見れば人気が出るも落ちるも全てメディアのせいな気もするけど。でここに噛みつけばそれはそれで面白おかしくカウンターカルチャーとしてスターとして祭り上げられまた時代は同じことを繰り返す。


これにて各年代を振り返るガチ解説編は締めとさせて頂きますが、実は2000年代に入ってもまたこのような同じようなことが繰り返されるんです。これについては皆さん自分で調べてみて下さい。


最後に。


今回取り上げたカートが最後を遂げたのが1994年4月。この1994年4月に我が日本ではどのような曲がヒットしていたか。この年だけで言えば日本ではいわゆる豊作の年と呼ばれていて、調べれば腐るほどヒット曲が出てくるんですが、僕はあえてカートが亡くなった4月5日以降で最も近いリリース日のヒット曲を探りました。


それがこちらです。


この曲は基本愛だの恋だのを歌う曲ですので今回の記事とは全くもってこれっぽっちも関係ないんですが、これを僕クラスはこの歌詞から超絶湾曲切り取りしてカートとリンクさせてみました。



近頃周りが騒がしい

社会の常識、親類関係

価値観、将来

妥協しない

焦らない

寂しさに負けない

何が足りない、どこが良くない

どんなに努力し続けても

物事いろいろ知ってしまうと

瞬発力が無くなるもの

夏が来る

きっと夏は来る

両手を広げて待っている

きっと夏は来る

頑張ってるんだから絶対来る

きっと夏は来る



そうね。妥協せず、きっと寂しい思いも沢山あっただろけどひたすら努力して突き進んで、大人になって物事いろいろ知ってしまうと周りも騒がしくなるし、昔の様に瞬発力も無くなって勢いも無くなってあの時の情熱も薄れていき。最後は行き先わからなくなってしまったカート。カートにも1994年の夏が来て欲しかったな。


ほらこれ完全にカートに向けた歌だったわ!


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